第2話 巻き込まれたオカン ~後編~
まぁ、とにもかくにもダンジョン生活である。
スキルは本来、魔法陣を越えた者にのみ与えられるものだが、イレギュラーな今回に限り、生活に必須という事で付与されたらしい。
《川には魚もいますし、森には食べられる植物や動物もいます。暮らすに困らないと思います》
ニコニコと話す女神様に、千早は
良くてスローライフ。場合によってはサバイバルという事ですね。分かります。
現代社会の恩恵に浸って育った者には十分過酷な状況である。
家があるから生活には困らないが、一番重要な食の部分が難題だった。
女神様には解らない。
あ~ベジタリアンに鞍替えするべきか、野生に還るべきか。それが問題だ。
どこぞの名台詞をリメイクしつつ、取り敢えず千早は、森へと採取に入る。
女神様と並んで鑑定を使い、食べられる物、使えそうな物を鞄に詰めた。
多くの物は地球と同じだ。椎茸、舞茸、胡桃に山ブドウ。名称はカタカナ表示だが、読みは同じである。
芹や薺などの野草を集めながら、千早は明らかに名称が異なる植物を、じっとり
まんま、薬草、超薬草。
日本であれば複数存在する薬効成分の高い植物の総称である。単品の個人名ではない。
他にも、猛毒草。大魔力草。麻痺草。永眠草。
名は態を表すというが、そのままズバリ過ぎないか?
千早は乾いた笑いを漏らした。
鑑定の効果により、どんな薬にどのように使うのかの説明も出ていた。
「ひょっとして、ポーションとかあったりします?」
《はい、ございます》
うん、知ってた。
異世界観バッチリな森の中。唯一の救いはセーフティゾーンなため、魔獣が出ない事くらいだろうか。
「私はここから一生出られないんですかね」
うんざりと呟く千早に、女神様はきょとんとした。何故か分かるシメジの表情。
《出られますよ。魔法陣から》
あ~。意味違ぇ。
「地球にって意味です。あの魔法陣、一方通行でしょ?さすがに、この歳で異世界来訪は覚悟が入ります」
すでに半世紀以上生きて、まったり老後を過ごすつもりだった千早に、新天地は荷が重すぎる。
致し方なく苦笑した千早だが、ふと、女神様が某か考え込んでるのに気付いた。
《解らないですが、たぶん....貴女はかなり若返ると思います》
結果が出るのは明日ですがと前置きし、女神様は地球の神々との話を説明する。
いわく、全ての人々に与えられた地球の神々の愛し子という祝福。これは祈りに連動しており、祈りを捧げた神々の数だけ肉体が若返るという物だった。
《地球には数百万の神々がいます。最大で五歳以下にはなりませんが、その半数以上の神々がおられる日本なら、かなり若返る方々がいると思われます。新たな未来にアドバンテージを与えるため神々からの恩恵です》
マジか。
だからといって異世界生活に踏み込めるかは悩むところだ。地上には家族がいるし。
いずれダンジョンを攻略し、誰かがここに来るかもしれない。中には異世界に来訪せず引き返す者もいるだろう。その人達に頼んで、共に地上へ帰還出来る可能性もある。
そして、ふと地上はどうなってるのか考えた。
女神様の話通りなら、いたる所にダンジョンが現れたのだから、とんでもない被害が出てるのではないか?
そう聞くと、女神様は地上は混乱しているが、被害らしい被害はないと答えた。
ダンジョン生成に巻き込まれた人間は千早一人。
何でだ。運が悪すぎないか? アタシ
千早は、がっくりと項垂れる。
《貴女は神々に愛され過ぎていましたから。貴女の家がダンジョン生成地になるなど予想の範囲外でした》
思わぬ言葉に絶句。神々に愛され過ぎ? 何の話?
自覚が全くない千早に苦笑し、シメジな女神様は、石附な部分をフルフル揺らしながら説明した。
今回、ダンジョンを生成するにあたり、候補となったのは信仰を集める神社仏閣や聖地だったという。
そういった場所は霊気が高く、魔力とも相性が良い。霊気が高い所をダンジョンの生成地に設定し、境内など人気がない所へ一気にダンジョンの入口が作られた。
ならば、何故我が家が巻き込まれたか。
話をかいつまむと、私の趣味が原因らしい。
千早の趣味は史跡巡り。神社仏閣は言うに及ばず、海外でも歴史ある名所に足を運んでいた。
もちろん神様がおられる場所や悲劇のあった場所なれば、自然と眼をつむって手を合わせる。これはすでに日本人の本能である。
他意のない祈りは真摯に受け止められ、神々の力となった。信仰が薄れ、殆ど世の中に認知されていない神々も多く居たらしい。
たまたまであろうと、祈りを受けた彼等の喜びは如何ばかりなものだったろう。
結果、多くの神々の精一杯な加護が私にはついていた。それが今回のダンジョンを喚び寄せてしまったのである。笑えない。
《人の身に余りある加護でした。神によっては卷属までつけておられ、貴女の家は下手な神域にも劣らぬ霊気に満ちていたのです》
神様ェェ...
嬉しくもあり悲しくもあり。行き場のないこの感情。どうしてくれよう。
複雑な顔で眉間にシワを寄せた千早の耳に、生理的欲求を訴える音が、キュルルと小さく聞こえた。
.....取り敢えず飯にしよう。
千早は収穫した物を抱え、力なく肩を落としながら、自分と共に移動してきた自宅に向かって歩きだした。
「人間、お腹がすくと碌な考え浮かばないしね」
千早は、家から野外用BBQセットを出すと、炭を入れて火をおこし鉄板を乗せた。当然ながら、ガスも水道も電気も使えない。
採取した野草と、インベントリから出したウインナーを一本薄切りにして、塩コショウでサッと炒める。
同じくインベントリから出した玉子で目玉焼きを作り、炒めた野草に乗せて完成。食パン一枚と共に頂きます。
食肉不足は深刻だ。インベントリの食糧は大切に使わないとなぁ。
泉の水は飲用に問題ないとの事なので、野草と一緒に洗った山ブドウをデザートにする。
「女神様は何時までも此処にいる訳にはいかないでしょう? 私が地上に戻るには開幕ラスボス戦な訳ですが、何とかなる方法あったりしますか?」
千早が作った食事をジッと見つめていた女神様は、少し思案し頭を横にを振る。
《無理ですね。あの扉の中に居るのはドラゴンです。裁定者なので、倒す必要はありませんが、力を示す必要があります》
なるほど。つまりダンジョンを踏破し力ある者と認められれば、ここに通されるようだ。
「やっぱ誰か強者が踏破するのを待つしかないか」
やる事は食材確保と洗濯くらいだな。目的もなく、巨大な空間に独りきりってのは想像しただけで、かなりクるものがある。
意気消沈し独りごちる千早に、シメジな女神様がピトリと張り付いた。頬を石附でテシテシと叩きながら、励ますように頭を振る。
《嘆く事はありません。此処でもやれる事は....むしろ此処でしか出来ない事が沢山あります》
女神様は、突然千早の周りをせっせと回り始め、キラキラした胞子のような物を満遍なく振り掛けた。
その不可思議な煌めきを千早が見つめていると、いきなり胞子が発火し、バチバチと火花を放つ。
「うぉっ?!」
驚いて立ち上がった瞬間、千早の全身が発光した。身体全体が軽く、力がみなぎるような気がする。
今のは一体?
眼の前には、どや顔で遣りきった感満々なシメジ。
《私の祝福です。加護もつけました。頑張りました》
.....だから? という疑問を、賢明にも千早は呑み込んだ。
《ドラゴン、エンシェントドラゴン、私です。ネリューラです》
女神様なシメジは、ここにある唯一の扉に何度も体当たりする。
テシテシと跳ね返るシメジは、とてもシュールで、そっと千早は眼を逸らした。
すると巨大な扉が音もなく開き、薄暗がりの中に巨大な瞳が浮いている。爬虫類特有の無機質で縦長な瞳孔。
千早の背筋に、ぞわりと悪寒が走った。本能が与える原始の恐怖。
思わず固まる千早の前で、暢気なシメジが舞い踊る。シュールな足し算やめてくれ。
『姫神様であらせられるか。お久しゅう』
うっそりとドラゴンが微笑み、扉の中に首を差し入れた。
笑みなんだろうけど獰猛だよ、それ。
これぞ真性ドラゴンと言わんばかりの
《貴方に御願いがあるのです。そこな人間に私の世界の知識と技術を与えてくださいませ》
『なんと』
呆気にとられるドラゴンに、シメジな女神様は、
『なるほど。災難だったな小娘』
ババアですが....と脳内で反論するが口には出さない。
五十代なんて、オバさんと婆さんの微妙なラインだ。ドラゴンから見れば、私も殻つきの小娘なのだろう。
しかし話の内容が解らない。私がドラゴンに教えを講うという訳か? ここでしか出来ない事?
首を傾げる千早に、喜色満面なシメジがまとわりつく。可愛いかウザいか意見が分かれるところだろう。
ちなみに私判定ではウザい。
《ここはダンジョンの最奥、至宝の間なのです。稀少な各種素材が豊富に揃った、研究者、技術者、
興奮ぎみに捲し立てる女神様。ようやく千早にも合点がいった。
そして思う。
ん?.....チート来たコレ?
最上千早 53歳。趣味はゲームと読書。FFとキングをこよなく愛する女。最近はラノベも網羅している。
数ある無双系も読んできたが、そういった特殊事案では無いようだ。生産系か? やり込みは大好物だ。
チートっつーかフライングかな? 他の地球人より先行するだけな感じ?
舞い踊るシメジな女神様と、うっそりほくそ笑むドラゴン。
まぁ、全くの独りよりは遥かにマシか。
思い悩むのはキャラじゃない。せっかくのお申し出だ。ありがたく受け取ろう。
人生楽しまなきゃ損だしね。誰か来るのを待つより、自分で何とか出来る方法を模索するのも、また良しだ。
「よろしく、ドラゴンさん」
にかっと微笑む千早に、ドラゴンが眼を細める。
人間とこのように話すのは何時ぶりだろうか。
昔は沢山いた。無邪気な子供らが如何に愛しおしかった事か。
しかし人間は変わってしまった。今でも我を敬いはするが、それは恐怖による降順だった。
我が言葉を理解する凶暴な獣にしか見られなくなって幾久しい。
今回のダンジョンの話を姫神様からされた時、我は不思議な風を感じた。清しく薫る懐かしいような風。
ゆえに我はダンジョンの裁定を引き受けた。
地上のダンジョンの最深部にある魔法陣は、全てここの入口に繋がっている。
どのような者が現れるか、今からとても楽しみだ。
それまでの一時、この娘と戯れるも良かろう。
ただのオバちゃんと、シメジな女神様。そして圧倒的な力と知識を持つドラゴン。
三種三様な物語が、ここから始まる。
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