ドラゴンとオカン ~オカンと愉快な仲間達~

美袋和仁

第1話 巻き込まれたオカン ~前編~


誰かがつぶやいた。世界はもう終わりだろう。


 誰かがうなずいた。このままでは星も終わるだろう。


 大地は汚れ枯れだし、空気は重く風も淀み、海は濁り河も歪んだ。


 自浄も追い付かず、人間は数を増し、更に星の破壊が加速する。


 もはや世界に受け入れられる限界を超えていた。


 信仰は薄れ、神々の声も力も届かない。


 だが最後の力を振り絞って願おう。どこの世界でも良い。どうか我々の星を受け入れてくれ。


 愚かであっても、我々が生み出した愛し子達だ。


 宇宙は広く幾重にも重なり、我々の星より大きな星は沢山ある。力のある神々もいる。この世界を丸ごと受け入れても余裕な世界があるはずだ。


 しかし、力を失った神々の祈りはか細く、次元を越える事は叶わなかった。

 そんな失意に嘆く世界の神々に、ふと一筋の光が見える。


 それは、ある国の三柱。


 その国はこの世界有数の先進国でありながら、信仰が失われてはいなかった。三千年近くもの間、全く国号の変わらぬ、神話が今に生きる奇跡の国。


 神代が現代に違和感なく混じり、日常的に信仰が強く根付いていた。

 何の疑問もなく神や自然に感謝して祈り、人々は極普通に暮らしている。


 宗教の自由が保証された秋津国あきつくに


 他の国にはあり得ないリベラルさ。

 宗教は多くの争いを生み出し、おびただしい血が今も流されていた。


 悪循環は堂々巡り。人々は、他宗教を弾圧、迫害する。


 自由がうたわれた大国であっても例外ではない。


 だが秋津国は違った。多くの宗教が混在し、個人レベルではいさかいがあるものの、公には友好を保っていた。


 単一民族の国であるに関わらずだ。


 むしろ他の宗教の良いところを取り入れ、信者でなくとも、祝い祈る。 


 何でも楽しく受け入れてしまう民族性。他の神々からすれば羨ましい限りだった。


 その秋津国の要な三柱が力を貸してくれる。


 世界は共に在るべきだと。


 世界中の神々の祈りは次元を越え、か細くはあれど切実な祈りに一つの世界が応えた。


《受け入れる試練を与えましょう。乗り越えた者にのみ、新天地での祝福を与えます》 


 そして世界中にダンジョンが現れた。




《もし。起きてくださいまし。もし》


「んぁ?」


 間抜けな声を出して一人の女性が起き上がる。

 胡乱うろんげな眼を擦り、彼女は声の主を探した。


《こちらです、こちら。貴女の膝の上です》


 言われるまま視線をおとすと、そこには小さなシメジがいる。

 

 いや、シメジ? キノコがしゃべった?


《貴女には大変申し訳ない事をしました》


 しょんぼりと項垂れるキノコ。

 

 シュール過ぎだろう。なんでキノコの機微を感じ取らねばならんのか。


 あらぬ思考を脳裏に浮かべ言葉も出ない彼女に、シメジは、更に荒唐無稽なことを話し出した。


最上もがみ千早ちはやさん。貴女は今ダンジョン最深部にいます》


「はぇ?」


 またも間抜けに返してしまった。




「つまり貴方は女神様と言う事ですか?」


《はい、そうです》


「そして私はダンジョンの生成に巻き込まれたと?」


《はい、申し訳ありません》


 シメジな女神様の話によれば、このまま行くと星の終わりが近づき、人類は衰退、滅亡する。

 それらをうれいた地球の神々の祈りに応え、女神様の世界に人類を受け入れる事にした。

 しかし、女神様の世界は獰猛な野獣や魔獣が跋扈ばっこする危ない世界。

 世界のことわりの違いにより、近代兵器はまるで役に立たない。薬剤系が化学反応を起こさないらしい。

 大地に硝石やウラニウムは存在しないし、原油や化学薬品の原料となる物自体が存在しない。

 近代武器で有効なのは物理を用いたいしゆみなどだ。

 代わりに形態の違う薬や技術が存在している。


 こちらで言う魔法や精霊。錬金術他諸々。


 全く形態の違う世界に慣れて貰うため、女神様は地球に複数のダンジョンを生成した。

 ダンジョンに親しみ、中の生態系やアイテムに慣れる事で体内に魔素が発生し、女神様の世界で言う魔法が使えるようになる。

 星が終わると言っても百年や二百年後とかの短期な話ではない。

 残っている時間を使って、こちらの人々に、あちらの世界観を植えつけようと言う狙いらしい。


 そのダンジョン生成に巻き込まれ、私は今ダンジョンの最下層にいる訳か。

 まぁ、昼の時間帯で家には私一人だった。家族が巻き込まれなかっただけ良しとしよう。


「女神様の御力で、パパっと地上に戻れたりしませんかね?」


《試練として配置されたダンジョンなので、安易に干渉出来ないのです》


 なるほど。


「じゃあ、私はここで餓死るしかないんですかね?」


 昼寝してる最中に巻き込まれたらしい千早は、家ごとダンジョンの最下層に生成されたという。

 だが家はあれど、中には何もなかった。引っ越し前のがらんどうな上物だけである。

 冷蔵庫も棚もなく、床下収納の備蓄食糧も無くなっていた。

 あちこち動き回る彼女に、シメジな女神様が首を横に振る。


《今回はわたくしの落ち度です。ステータスオープンと唱えてください》


「ゲームみたいですね」


《はい。こちらには私の世界に似た物語などが沢山あったので、参考にしました》


 ラノベか。 


 至極真面目な女神様に、思わず遠くなる眼を引き戻しながら、千早はステータスオープンと唱えた。

 すると音もなく半透明な青いスクリーンが現れ、そこには白抜き文字で色々表示されている。


チハヤ モガミ 年齢53 レベル1


職業 主婦


称号 無


体力 82 筋力 54 俊敏 31 器用 95


知力 97 魔力 4  知略 86 野心 61 


祝福 地球の神々の愛し子


スキル 無


 女神様の世界では、一般の人々の平均ステータスは50前後なのだとか。

 地球の重力は非常に高く魔素も皆無な事から、身体能力は女神様の世界の人間より上だった。


 ほんとにゲームだね、こりゃ。


 乾いた笑いを張り付ける千早に、女神様はスクリーンをスライドする。

 そこには固有スキルとあり、インベントリと鑑定が載っていた。


《こちらの書物から学びました。亜空間を利用した収納庫。これは便利ですね。発想が素晴らしいです。私の世界であれば、魔力の高い人間になら使えるでしょう》


 ゲーム知識が異世界に後追いされている。

 なんとも複雑な心境だが、受け入れるしかない。


《インベントリの中に、この家にあったもの全てを収納しておきました。生成中は無重力だったので、放置したままだと部屋の中が嵐のようになってしまいます。私から貴女にスキルとして付与しました》


 これはありがたい。暫くは食べていける。ラノベを参考にしたおかげか、インベントリ内は時間経過が無いという。


「でも、鑑定は何故?」


《試練であるダンジョンの最下層踏破者には、私からの祝福とインベントリ、鑑定のスキルが与えられる予定なのです。未知の世界に踏みいる新しい住人へのはなむけですね》


 大きなハンデを背負って異世界に旅立つ者への餞別なのだそうだ。

 たしかに右も左も常識すらも解らない人間には必須のスキルだろう。毒も薬も知らないでは、死亡フラグが乱立する。

 しかし今、ふと女神様の言葉に違和感が過った。


「異世界に旅立つって。ここから?」


《そうです。ダンジョンの入り口は地球にありますが、出口は私の世界です》


 女神様に誘われて外に出ると、そこには深い森と草原があった。何処からか川が流れ、少し遠くの泉に続いている。

 東京ドームくらいの広さはあろうか。周囲は岩壁に囲まれているようだが、上にいくにつれ薄く消え、見上げた空は青かった。

 唖然とする千早に、女神様はニッコリ微笑む。シメジなのに、笑っていると感じる謎。


《ここは試練を乗り越えた者を癒すセイフティーゾーンです。非常に魔素が濃く、傷付いた身体も疲弊した精神も癒してくれます。そして、あちらに見える魔法陣が私の世界に続く出口です》


 女神様がふよふよと飛んで行く先には大きなほこらがあり、奥まった空間に青白い光を放つ複雑な魔法陣があった。


《ここから巣立つ貴女方の同胞が、あちらの世界に、この世界の人々の受け入れ基盤を作るでしょう。出口の先は各国の教会です。私が新たな住人の来訪を神託してあります。悪い扱いは受けないはずです》


 至れり尽くせりである。


 千早は、シメジな女神様に心からの感謝を告げた。

 すると女神様が複雑な顔をする。シメジだけど。


《私は異世界の神です。何故簡単に感謝出来るのですか? 私は創造神ですが、あちらにも沢山の神々がいます。信仰する神々の信者は対立し、いさかいが絶えません》


 詳しく聞けば、なんの事はない。地球の中世と変わらぬ世界観の異世界は、同じく地球の中世と変わらぬ宗教戦争が至るところで起きているらしい。


「なるほど。まあ、ありきたりですね。地球でも未だに根深く残っている所もあります」


 軽く眼をすがめる千早に、女神様はそうなんですねと、しょんぼり項垂れた。


「私には宗教ありきの信仰が良く解らないんですが。まぁ、日本の神々が独特なのかも知れません。私達日本人にとって神様ってのは御先祖様なんです」


 そう言うと、千早は日本古事記や神話の話をした。日本では神様は特別ではない。神様だって失敗するし、後悔するし、あまりに御粗末だとリストラされる。逆に人間から神様に成り上がる者もいる。


 尊くはあれど、偉くも特別でもない。


 人々と共に笑い悲しみ苦しみ、数多の困難に立ち向かい、日本という国を一緒に作り上げた御先祖様なのだ。

 日本人は遡れば誰でも某かの神様の子孫であり、日本の神道では、人は神より生まれ神に還ると言われている。

 死んで神様である御先祖様の元に戻った時に、恥ずかしくないよう。胸を張って、良い人生を送りましたと誇れるように、日本の人々は御先祖様に顔向け出来ない悪い行いはしないのだ。

 少なくとも、私は両親からそう教わった。


 御先祖様に恥じないよう。誉めて頂けるよう。


 食事に困らない事に。学ぶべき場がある事に。先人が残してくれた安全で健やかな日本に生まれた事を日々感謝し、努力しなさいと。

 日本人である千早にとっては、感謝は当たり前の感覚だった。


 ごめんなさいの反省と、ありがとうの感謝は魔法の言葉。この二つだけで、人生の苦労が七割減るとは、亡き母の残した名言である。


《素敵ですね。なのに何故、地球は道を違えてしまったのでしょう。不思議です》


 アウチ。素直な女神様の感想に、千早は額をバチリと押さえる。


「まぁ、色々あるって事です」


 疑問符を踊らせていぶかる女神様。心底不思議そうなシメジに、千早は苦笑いしか返せなかった。


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