第9話



 翌。憂鬱ながらも特に予定のない今日も葵がうちへやってくる。

 のそりのそりと布団から起き上がり身支度を済ませる。

 時計の針は午前七時と六分。葵がくるまでもう少し。

 それまでに自分の気持ちを落ち着かせようとテレビを付ける。

 そこには、見知った名前。


「………み、なと……?」


 日向水。昨日の夜遅く何者かに刺され裏路地にて死体となって発見。

 ドクドクと血の気が引いていくのが分かった。

 どうして、どうして水が?水が死ぬなんて、前は無かったのに。

 突然の事で足は震え腰を抜かす。


 正直、水の事は好きでは無かった。それでも、葵が亡くなった日傍に居てくれたのはいつも水だった。

 だから交際し結婚までした。

 そんな、未来の旦那様が何故か死んだ。

 悲しいよりもどうして?と疑問だけが頭を支配する。

 ………そうして、タイミングを見計らったかのように、チャイムが部屋に鳴り響く。

 葵が来るには少し早すぎる時間。

 テレビでは未だ水が死んだ事件を報道し、犯人は逃走中。近所を徘徊している恐れあり、十分に注意をするように、と喚起をしている。

 ドアの小さな穴から外を覗くと。

 血塗れの葵。


「あ………あぁっ……ぁ…」


 恐怖で言葉が出ず、逃げようにも外には葵がいる。

 もう思考回路はめちゃくちゃだった。

 このまま迎え打てば葵を殺すことになる?そんなこと、私に出来るはずがない。

 コンコンコン、とドアをノックする音。開けて、といつもの葵の声。

 全身の血の気が引いていくのが分かる。

 私は自己防衛と称して何かあった時の為に果物ナイフを取り出し玄関の戸へと向かう。

 変わらずノックし開けて、と連呼する葵。

 ドアノブに手をかけ一呼吸おく。

 そして、勢いよく戸を開けて後悔をする。

 なぜならチェーンを掛け忘れたから。

 目の前には、刃物を振り上げて悲しそうに微笑む葵の姿。

 ああ、どうしてまた。そんなにも苦しそうな顔をするの……。


 そうして私は、初めて葵に殺された。





 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈






 はっと気が付くと見慣れた自室の天井。

 ゆっくりと起き上がり何が起こったのか頭の中を整理する。

 私は、葵に刺されて殺された。

 葵があの後どうなったのかは、分からない。

 酷く、悲しくて葵の表情が魚の骨が刺さったままのように違和感だけを残す。


「葵……どうして、私と水を…殺したの…」


 水を殺したのが葵という証拠は特には無い。それでも、あれだけ血だらけになった姿で居るだけ十分な証拠にならないだろうか。

 ふと、疑問に思う。

 私は…死んだはず。なら、ここは、何処?

 じわりと汗を流し、カレンダーに目をやる。

 ………再び、中学二年生の夏休みの前日だった。

 私はカレンダーに一日が終わる度バツを付ける癖を心底恨む。おかげで今日がいつで、今が何年なのか。分かってしまうから。

 そこでようやく、私が過去にタイムスリップしもう一つ、タイムリープも起こしているということに。

 なんと言う、漫画のようなお話なのだろうか。

 一体私はどうしたらいいの。

 暑い暑い部屋の中で私はひとしきり泣き喚いた。

 葵の心境も分からぬまま再び過去をやり直さなくてはならない。





 これは、私と葵の戦い。

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