第8話
目当てのご飯も買えて、水とも別れ葵の元へと戻ってくる。
にこにこと待っていてくれた葵になぜだかほっと胸を撫で下ろす。
「遅かったねぇ凪」
「あ、あぁちょっと混んでて…」
声のトーンで分かる。葵が怒っている事に。
「ふーん…あーぁ。私も凪と一緒に並べば良かったー。そうしたら、邪魔な虫が寄ってこなかったのに」
ぷくっと可愛らしく頬を膨らませる葵だが、その仕草とは別で凄まじい怒りがふつふつと肌を刺す。
………水と話をしているところを、見られていた。要はそういう結果になる。
水も、近くに葵がいないことを確認してきっと話しかけてきたと思う。
並んでいた位置も、葵からは死角になり見えていないはず。
それでも葵は、私が水と話しているのを知っている。
「ご、ごめ…」
「何?何を謝るの?何か悪いことしちゃったって思ってるの?でもぉ…私、何も日向くんに言ってないよぉ?私に近づくなとか凪に………近づくな、とか?」
ズバズバと真に当たる事を言う葵。
冷や汗が止まらない。
折角の楽しい葵とのショッピングになるはずが…葵の機嫌を損ねてしまえば、それも終わる。
「何が、とは言わないけどさ。自覚しているなら、次からはちゃんとしてね」
葵の真顔。………初めて見た。こんなにも、こんなにも冷たい目をするんだ。
恐いと、思った。
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昼食も済ませ、残りは浴衣を購入する所まできた。
…未だ、葵に対する怖いの感情が拭えずにいた。
「なーぎっどんな柄にする〜?」
当の本人は、此方の気も知らずにるんるんと浴衣を一枚一枚確認していた。
ふぅと深く息を吐き気持ちを落ち着かせる。
今はとにかく、浴衣を決めて早々に葵と別れよう。
そうすれば明日になり今日のことは忘れるはずだから。
「そうだね、なんの柄にしようか」
他愛もない話から徐々に先程の出来事を忘れようと努力した。
そうして目に付いたのはやはり赤い菊の浴衣。
「これは?赤い菊の浴衣」
手に取り浴衣を前に当てて確かめて見るが、葵がうーんと唸り悩み出す。
……あれ、おかしい。
「あ、これにしよーよ!」
手に取ったのは爽やかな色合いで纏められた…葉の絵柄の浴衣。
変わってる。確実に過去が改変されてる。
「こ、これ…なんの柄なんだろう」
「多分アイビーだよ」
迷いなく即答する葵。手に取った浴衣を自分に合わせ、似合うかどうかを鏡の前で確かめる。
なぜだか、即答した葵の表情は冷たかった。
「……うん、うん!やっぱりアイビーの柄の浴衣にしよ!」
そう言うと私に合うサイズの浴衣も手に取りレジへと勝手に進む葵。
待っての一言すらも出ることなく、ニコニコと会計をしている葵を見ては、怖く…感じた。
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浴衣を購入し、帰る頃には空はオレンジ色に染まっている。
思考回路は葵が怖いという思いでいっぱいになり、帰路に着く際に葵がただただ独り言の様に喋り続けていた。
適当に相槌を打つこともままならず、気付いた時には葵の家の前。
「じゃっ、凪今日はありがとー!また明日ねーっ」
「ぇ…あ、うん」
ばいばいと手を振る葵ですら、怖く感じそそくさと葵の家を後にする。
明日も、会わなくてはならないのか。
………前は、こんな事考えたことも無かったのに、どうして…。
不安に駆られるも、寝れば忘れるだろうと一目散に自宅へと早足で向かう。
私を見送る葵の瞳が、冷たく死んだような目であったのは知る由もなかった。
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