第5話



 あれから一体何年経っただろうか。あおいが言った『ずっとずーっと私を見てくれるでしょ?』という言葉は私の中で永遠にあり続けた。

 何をしても何を考えてもチラつく葵の顔。忘れることなんて出来やしなかった。


なぎ、準備できたか?」


 私よりも遥かに背が高い、みなとが手を差し出す。

 葵の死後、放心状態で何もする事が出来なくなった私を唯一支えてくれた人物。

 その後交際を経て今は結婚した。


「…向日むこうさんのお墓参り、今年は行くんでしょ?」


 何度目かのお盆をもうすぐ迎える。

 地元を出て現在都会に住む私たちだけど、水と一緒に地元には帰っていた。

 それでも、葵の墓参りだけは出来ずにいた。

 そうしてやっと勇気を持てた今年こそはと、意気込んではいものの、中々踏み出せずにいた。


「……今年も無理はしなくていいんじゃないか?あんな、目の前で亡くなったんだ…早々会いにも行けないだろう」


「…でも、葵はきっと待ってる…行かなきゃ…」


 ふらりと立ち上がり、やっと地元へ向かう列車へと乗り込む。

 もう後戻りはできない。今年で、葵の呪縛から離れてやる。





 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈





「変わらない、な…」


 そよそよとそよぐ風に肺を大きくし息を吸い込む。

 あの時と変わらない。


「それじゃぁ、俺は荷物置いてくるから、凪は……どうする?」


「うん…葵との最後の場所に行こう…かな」


 水は無理だけはするなよ、と大荷物で実家へと向かってくれた。

 その場で深呼吸をし、ぐっと拳を握る。


 踏切へと辿り着くと変わらないあの風景に、背筋がぞくりとした。

 今でも葵がそこでまっているかのよう。


「…ただいま、葵」


 遮断機の前までやってきて、葵の身内が置いたであろう花を見つめる。

 そうしている内に、思い出が蘇り目頭を熱くさせる。


「いけないいけない、泣いちゃう…」


 両手で顔を覆い、涙を抑える。

 あの時、好きと言われた。その好きは友達の好きなのか、それとも…。


〈凪〉


 あぁ、葵の声が頭に木霊する。

 思い出の葵もただただ、私の名前を呼んでいたなぁ。


〈こっち〉


 え?こっちって、どこ?…どこの事を言っているの?


〈ここを潜って〉


 ここ?遮断機が降りてるのに…?危ないよ、葵みたいにな────






 ────────────────────





「凪!」


 はっとした瞬間に目の前を通過する列車。

 そうしてだんだんと意識をはっきりとすると、肌にまとわりつく様な暑さにじわりと汗が滲む。


「何してるの!?」


 隣から聞こえる声の主にゆっくりと顔を向けると、そこにいたのは紛れもない死んだはずの葵だった。


「あ、お………い…?なん、で…」


「なんで、ってなんで?終業式に出るために学校に向かってるんじゃん…」


 不思議そうな顔で私を見つめる葵。頭が追いつかない。なんで葵がここに?どうして、生きてるの?終業式?なに、どういうこと?


「え、と………今、私たちって…いくつ?」


 その質問に葵は眉間に皺を寄せ不機嫌そうに睨みつける。

 ゆっくりと口を開き、いつもと違う少し低くなった声で、告げる。


「十四歳、二人とも誕生日迎えたから十四。中二、これでおーけー?」


 一瞬、周りの音が聴こえなくなるのがわかった。

 あの、夏休みに入る前のまだ、葵が生きていた頃の、時代。

 所謂、タイムスリップ……?


「もう、変なこと言ってないでさっさと行くよぉ!」


 列車が過ぎ去り、遮断機が上がりきって葵がグイグイと腕を引っ張る。

 再び葵と出会えた事の嬉しさで涙が溢れてしまいそうなのを、唇の端を噛み我慢する。

 ……滲む血の味を現実だと確かめ胸がぎゅっと痛くなった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る