第3話
あの後、保健医が来ては惨状を目にし軽く悲鳴を上げて怒り狂っていたけど、仕方がない。
葵も変わらずにこにこと微笑み私の隣にいる。
「腕…傷、残るのかな」
「うーん、まあ残るだろうけど私は気にしないかなぁ」
あははと楽しそうに笑う。心底楽しいとは思えないけど、葵につられて笑う。
一時限目は既に始まっており、静まり返った廊下を二人で歩く。
すると
「ちょっと、葵?授業は?」
「んー、もう始まっちゃってるし、別にいいかなー?」
軽い足取りでどんどん登り始めてしまう葵の後を追いかけようかどうしようかと悩み、先程のことも思い浮かんでは、足が勝手に動いていた。
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立ち入り禁止の紙をべりっと剥がして、ドアノブをガチャガチャと回す。
古びていて鍵も掛かっていない屋上の扉を難なく開けて入っていく。入ってきた強風に髪の毛やスカートがひらひらと舞う。
「うーん、あっつーい!」
伸びをしてはけらけらと笑う葵。
漫画みたいな所では無く、黒く燻んでおり汚いというのが第一印象だった。
「あ、ねねね。あそこすわろー」
指をさしたところにはベンチがあり、ただ過去に降られた雨の後でとにかく汚かったが、葵は自身のハンカチを取り出しては悩むことなく拭き出す。
それに続くように私も持っていたハンカチで半分を拭く。
「これでよしっ、ほら
腕を引っ張られよろけた拍子に葵の上へと乗っかってしまった。
すると葵の方からふわりといい香りがして、すんすんと嗅ぐ。
「やぁだ、凪ったら!私臭くないよぉ?」
「いや…これ…金木犀だなぁって…」
匂いの正体を当てると、みるみる嬉しそうな顔になる葵。
私は、金木犀の花が一番好きだ。香りも、花弁も。
「凪の好きな花でしょ?だからっ香水でこの匂いの無いかなーって!そうしたらね、ネットに売ってたの!」
自慢気に、でも嬉しそうに。
その表情を見ては、こちらも楽しくなってしまいそうな、麻薬だ。
「嬉しいなー。………私も金木犀の香水ほしいなぁ」
そうぽつりと呟いた。葵には聞こえていないと思っていた。
徐に、葵の手が私の首へと触れた時びくりと体を跳ねらせる。
その時の葵の表情が、とてつもなく冷たく恐いものだったから。
「はいっ」
気付くとぱっと手を離し先程までとは違うにこやかな、可愛い笑顔へと戻っていた。
不思議に思い首を傾げると、ふわりと鼻を呵する匂い。金木犀だ。
「少しお裾分け!」
にひひ、と無邪気に笑うその笑顔にまたも安堵し力が抜ける。
彼女は時に恐く時に優しい。不思議な子ではあったけれど、私にはそれがちょうど良かった。
だから?だから…あの時、どうしてそんな行動をとったのか。今でもわからないんだ。
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