第2話



 翌日、教室へと向かう前に中庭に設置されている自販機の前で吟味していた。

 今日のあおいの気分は如何かと。炭酸系か、フルーツ系か、お茶か水か。

 昨日の事があったので、かなり真剣に悩む。

 こんな暑い中なので、きっと炭酸に飢えているだろう、と私は憶測で決めて透明なサイダーのボタンを押す。

 ガコン、と音を耳にししゃがみ飲み物を取ると同時におはよう、と低い声が聞こえた。


「あれ……えっと…日向ひなた、くん。だよね?」


 昨日告白してきた男子。流石に名前と顔を覚えていた。何せ私に初めて告白してきた男の子だからね。

 ふと、彼の後ろに視線が行くと、三人ほどの男の子達が日向くんを見てはニヤニヤと醜い顔で笑っている。


「え、えっと…その、な、何か飲む!?って、あ、も、もう買ってたん…だ…はは」


 何をそんなにどぎまぎとしているのかは分からないが、私の手に持っている物を見てはまたも俯く。


「おはよう、私行くから」


 朝の挨拶を返していなかったので、そう一言呟き教室へと向かおうとすると、腕を掴まれ静止させられる。


「ま、まって!」


 遅れて日向くんの口から言葉が漏れ出ては、再び焦り顔を真っ赤にする。

 とてつもなく、変な人だなと認識が変わった。


「………何?急いでるんだけど」


 変わらずもじもじと何かを言おうとするも言葉を飲み込む彼にだんだんと苛立ちを覚え、眉間に皺が集まるのを感じた。


「そ、その……向日むこうさん、から伝言で……今日は、保健室にいるから、って…あ、あのね!僕、向日さんに向坂さきさかさんの彼氏じゃないよってちゃんと言ったのに向日さんは僕と向坂さんが付き合ってることになってるみたいで…その、はは」


 早口で喋りだしたと思えば終わりは愛想笑いで締める。最悪の気分だ。

 兎も角、葵は何やら勘違いをしており、それにご不満の様子。

 私は小さく溜息を吐き、日向くんが何時までも掴む腕を振り払う。


「申し訳ないんだけど、私にはもう構わないでもらってもいい?ちょっと面倒臭い」


 言い放った私はとても満足し、気持ちも上がる。反面、言い放たれてしまった日向くんはみるみるうちに青ざめていた。

 そんな日向くんを無視し、私は葵のいる保健室へと向かう。





 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈





 保健室の前までやってきて、一旦深呼吸。そうして、開口一番に何を言うかを簡潔に考える。

『昨日はごめん』『何勘違いしてるの』『おはよう』

 無難におはよう、かなぁ。

 ぐっと拳を握り、扉に手をかけ開くと葵が立っているのを目にする。

 途端に、冷や汗が溢れる。


「あおいっ!!!!何してるのっ!!!!!」


 彼女の右手にはカッターナイフが握られており、顔や腕床にぽたぽたと左手首から流れる血で真っ赤になっていた。


「もう、遅いよぉなぎー」


 にへらと笑う彼女に焦りと怒りと不安と色々な感情でごちゃ混ぜになり、気づいた時にはもう彼女の頬に平手を食らわしていた。


「………っ、ばか!何してるの!?」


 葵の肩を掴み、揺すりながら質問をする。我ながら頭に血が上っているなと知りつつも、沸騰してしまったものを早々止めることが出来ずにいる。

 葵も、にへらと笑ったまま何も答えず真っ赤になってしまった頬に視線がいった途端、我に返る。


「……だって、凪が遅いのがいけないんだよぉ?せっかく、凪の彼氏さんに伝言しといてもらったのにぃ」


 ふふふ、と笑いながら私の横を通りガーゼや消毒液、包帯など治療に必要なものをそろえて、再び私の所へと戻ってくる。


「はいっ凪ー、やってー」


 ………初めて、葵が異常だと思った。

 でも、私は既に彼女に心酔してしまっていて、その気持ちは直ぐに取り払った。


「もう、こんな事しないでよ…葵が傷付くのは嫌だよ……」


「…私もだよぉ…凪、私を傷付けないでね?」


 落とした炭酸は、ペットボトルの中でしゅわしゅわと炭酸か弾けていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る