正しい誤算

 唯依との恋人生活、あるいは小依先輩のいない生活は中々にハードだった。


「待ち合わせぴったりに来るとかあり得ないからね。いや30分前とか求めてるわけじゃないから。その目禁止ね。5分前だから求めてるの」

「遅刻はしてないだろ。20秒前だ」

「じゃあ15分前から待ってた私の話しよっか? 何? そんなに私と出かけたくなかったの?」

「休日は休む物だろ」


 頬を雑に掴まれてぐにぐにと引っ張られた。多分腹が減っているんだ、ピザ生地にでも見立てているに違いない。可哀想に。

 このように噛み合わない状態が正常でずっと引っ付いているものだから、疲れは溜まる一方だった。


 そして噛み合わないのは小依先輩の予想もだった。さすがに報道は下火になっているが、別の方向性に行ってしまった。


『波止場小依振られる!』


 そんなわけないだろ。と言いたいが、確かに俺の挙動を客観視するとそう言われても致し方ない。唯依と話し合った結果、1度話し合おうという結論になった。


 小依先輩の部屋を訪れると、彼女は少し疲れた顔して出迎えてくれた。


「要件は想像がつくよ。とりあえずお入り」


 そのまま促されて、ちゃぶ台の方に腰かけた。ここは部屋の隅の一角にあり、ちょうどドアからまっすぐ行ったところにある。ドア側に俺が座ると、右と正面に壁が来る。


 唯依は右側に座り、小依先輩は左側、壁の無い方に腰かけた。手には紙コップが握られている。

 理論上振られた小依先輩は憮然とした表情で、ヤケ酒でも煽るように豪快に紅茶を飲みほした。むせた。背を向けてせき込んだ。

 唯依は白々しく礼儀正しく両手でコップを持ち、喉を潤して言った。


「波止場先輩には気の毒な話ですけど、あのニュースはご存じなんですよね」

「うっ、うん」

「やっぱり瞬と付き合ってることにします?」


 態勢を立て直しかけていた小依先輩が再びむせた。今日は気管支が弱い日のようだ。もう一度蘇ると、唯依を睨みつけた。


「立花さんの可愛さを見誤った私の責任だね……」


 唯依は微動だにしなかった。そりゃそうだ。自分の見た目が良いことくらいちゃんと自覚している。

 そんな姿が意外だったようで、小依先輩は困惑しきりだった。唯依は少し冷えた視線と共にこちらを向いた。


「1人でも大丈夫?」

「……ああ、なるほど。多分大丈夫だぞ」

「ちょ、ちょっと待ってほしい。私と瞬君の間には――」

「ほとぼりが冷めたらすればいいじゃないですか」

「なあ唯依、どうしたんだ。なんかさっきから変だぞ。何に怒ってる」


 ぷちっ、と何かが切れるような音がした。彼女は立ち上がって俺の首根っこを掴み、半ば押し倒すような恰好をした。

 目じりが少し濡れていた。


「あんたの問題でしょ、このバカ! いい? 私はね、瞬がこんな風に玩具にされてるのが気に入らないの! それくらいわかってよ!」

「……すまん」

「ごめんなさい」

「あっ、いや……私の方こそすみません」


 恥ずかしそうに唯依が戻った後、会話は途切れた。

 これ以上の案はないようだ。


「じゃあ、1回小依先輩とも唯依とも距離を置くってことで」

「ごめん。私がこんなことを言える立場じゃないとは思うけど、1つだけ約束して欲しい」

「小依先輩?」

「……本当に辛いこと、困ったことがあったら、遠慮なく頼ること。私じゃなくてもいいんだ。立花さんでもいい。ただ、早まった判断はしないように」

「ああ、それ確かに大事ですね。波止場先輩ナイスです。瞬? わかった?」

「……はい」


 留守を任される小学生相手みたいな扱いを受けながら、こうして状況は振り出しに戻るのだった。

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