解決策
通学の電車の中で好機の視線を浴びずに済んだのは助かった。そこらへんにいる顔立ちなのと、マスクを着けたのが幸いした。
慌てて校舎を駆けあがり、始業前に扉をどんどんと叩く。
「先輩先輩先輩! いますか!」
「……うーん?」
聞こえたのはいかにも眠そうな小依先輩の声だった。事態を知っているにしては落ち着きすぎている。眠そうな声、まさか。
「もしかして朝のニュース見てないんですか?」
「ニュースなんか見ないよ嫌な気分になる……どうしたんだい」
「とりあえず入れてください、速く! 誰か来る前に!」
カチャ、と音がした。
「ふぁわ……はい、開けたよ」
「失礼します!」
勢いよく飛び込むと、淡い青色のパジャマを着た小依先輩がいた。心なしかいつも以上にぼんやりとしている。
「どうしたのかな? そんなに慌てて」
「百聞は一見にしかずと言います。テレビはこの部屋ありますか」
「ない」
「じゃあこの画面見てください」
ぱっぱっとスマホの画面を切り替え、ネットニュースを見せた。テレビ番組よりひどい有様で、論調は熱愛報道じみている。
彼女は初め世界が何も見えていないような顔をしていたが、やがてその意味合いは変わってきた。今は何も見たくない顔をしていた。
「おおおわああん……」
「奇声発してないで解決策を考えましょうよ」
「わかるわけないだろう私に。まさかこんな時に頼れるような私に見えるのかい」
「見えませんけど何とかしないと不味いですよ。どこの馬の骨とも知れぬ俺と付き合ってるなんて話になると、先輩の名誉に傷がつきます」
「それは言い過ぎじゃないかと思うけどなぁ。まあでも、何とかする必要は確かにあるね。噂を打ち消さないといけない」
ぽく、ぽく、ぽく。ちーん。そんな擬音が聞こえるくらい、なんにも考えていない調子で彼女は言った。
「じゃあ立花君と付き合ってくれ」
「はあ?」
「立花唯依君は君の幼馴染だろう。あと恋人もいないんだろう? うってつけじゃないか」
「何が?」
「この件で君への社会的注目も集まった。君と立花君が付き合っているとなれば、私と君との熱愛報道は消えるはずだ」
「代わりに余計な物が増えません?」
「その通りだけど仕方ないだろう。自分で言うのもなんだが、天才波止場小依との恋愛とそこらの高校生の恋愛なら、注目度は段違いだ。そう思わないかい?」
世の中そこらの高校生にも出歯亀する奴は多い気もする。しかしまあ、彼女の言うことは的を得ていた。
「いずれにせよ唯依の承諾なしには出来ません。ここに呼んでも?」
「構わないよ。その間に学校には取材拒否とか弁明とかさせておこう」
唯依に連絡すると、開口一番に馬鹿呼ばわりされた。怒り狂う彼女を宥めながら、どうにか一般棟の5階に人目につかぬよう来て欲しいとだけ告げて、二の句を継がせず通話を切った。それを待っていたらしく、小依先輩が落ち着いたトーンで言った。
「瞬君、朗報だ。君がいると授業にならないだろうから、来るなと言われている」
「つまり?」
「立花君が来るまでこの部屋に籠城していれば良いってことさ」
恐らく唯依が現れるのは放課後になってからだろう。それまで耐える。簡単なことじゃないか。お言葉に甘えて、さっそくカーペットに腰かけた。
「じゃあ、お邪魔します」
「どうぞ。まあくつろげる状況じゃあないが、ゆっくりしようか」
彼女は存外、平静を保っていた。
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