年下先輩に甘やかされる俺

しゃるふぃ

こうして出会う

君、甘やかされてみないか?

 足音がした。背後、教室の入り口からだった。幼馴染がろくでもない案でも思いついたに違いない。嫌そうな表情を作ってから振り向いて、後悔した。


 そこには白髪の美少女が立っていた。人違いである。大慌てで表情を戻した。会釈しながら目を合わせると、彼女は微笑んでくれた。可憐な表情だったが、俺はこの目を知っている。生物の実験で検体を見る先生の目だった。


 波止場小依はとばこより。名前は知っているが面識はない。十五歳ながら特例で飛び級をして、高校一年ではなく三年として過ごしている。要するに著名人だ。

 慈愛の籠った表情のままこちらへ歩いてくる。何か用だろうか?


 彼女は着々と距離を詰めてきて、ちょっと動けば肩と肩が触れるほどの距離で立ち止まった。そして俺の顔をまじまじと覗き込んだ。居心地が悪くて顔を背けると、回り込まれて降参した。何を思っているのか探るのも諦めた。代わりに本能で理解した。

 この女、何かを企んでいる。


 白いミディアムヘアが、吹き込む風で揺れている。165センチほどの身長は彼女の欠点にならなかった。顔が近いおかげで表情が細やかに見えるのだ。

 体つきは作り物めいた可愛らしさを演出していた。抜群のプロポーションだが、性欲よりも庇護欲をそそる。全体的に、幼馴染が90点とすればこちらは110点だろう。

 世が世なら国の1つや2つ傾けていそうな美少女だが、気になるのは彼女の目だった。

 完璧な容姿の中で、爛々と輝いた瞳だけが明らかに悪目立ちしていた。すらりとした鼻筋、桜色の唇、透き通るような白い肌、長い睫毛に囲まれているせいだ。瞳孔の奥には理知的な鋭さと子供のような好奇心が滲んでいる。その光が、彼女を単なる美少女と認識させなかった。

 見つめ合うこと数秒間、彼女は形の良い唇を弓なりに曲げた。


「君、この手紙を書いた人だよね」


 彼女はポケットから1枚の紙を取り出し、掌の上に広げた。俺がさっき飛ばした紙飛行機のなれの果てだった。


「手紙ではないですね」

「私が手紙だと思えば手紙さ。ところで……それ、どうしたんだい?」


 わかっている時の聞き方だった。彼女はチョークの粉で汚れたブレザーを見ていた。


「私の研究室には掃除機があるんだけど、どうかな? 少なくとも手で叩くよりは効率的に綺麗にできると思うよ」

「何が狙いですか」


 親切にされる理由はない。

 紙飛行機の成れの果てを弄びつつ彼女は唸った。


「君、私に甘やかされてみたいとは思わないかな?」

「は?」


 自分でも随分冷えた声だったと思う。彼女は慌てて手を振った。


「あぁいや、やっぱりナシで。ちょっとした裏があるから、まずは落ち着いて話を聞いてほしい。ちょっと君には興味があってね、上着を綺麗にするのはおまけみたいなものなんだ」


 少し早口だった。疑いの目を向けると、声のトーンを落として彼女は言った。


「決して単なる慈善事業ではないんだよ、だから安心しないでついてきて欲しい」


 打算があるなら少しは安心した。タダより高い物はない。

 それにどうやら、元々選択権はなかったらしい。


「それとも、その恰好で帰るかい?」


 ブレザーは汚れたままだった。彼女に続いて歩き始めた。

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