!スラムの物作師は舌打ちを鳴らす


 馬鹿みてえに物作師を使いつぶす能無しの依頼を受けたのが始まりだ。そいつは物作師協会のお偉いさんの息子で、俺らの工房にとある依頼を持ってきたんだ。最初は歓迎だった。お偉いさんの息子なら金払いもいい。工房の奴らを少し贅沢させてやれるほどは払ってくれるだろう。そう思ってたんだ俺は。


「期日は2週間。金は全部後払いだ」


 俺はそれを断った。構造が複雑で、数も多いのに、まず依頼金がそこらの見習いよりも安かった。それに依頼をするなら前払い金はぜってぇ必要だ。これを作る材料も、期日の間食うための飯も、全部前払い金から使うんだ。それが物作師の当たり前、常識なんだよ。しかしそいつは次の日、まさか物作師協会のお偉いさんを連れて、ウチの工房に圧力をかけてきやがった。部下の中には家族を人質に脅された奴もいた。俺には家族がいねえから、そっちの方が効くと思ったんだろうが。


「オズヴィさん……俺ら、頑張りますから……!」

「このままじゃオズヴィさんの工房が危ないですよ」


 受けたくなかった。だが、部下に言われれば受けないわけにもいかねえ。妻の存在を脅された奴。子供の存在を脅された奴。クソみてえな現実に、俺は怒りを何とか抑えた。こいつらが一番苦しいんだ。俺はその依頼を受けることになった。

 結果、2人の物作師が事故で手足を失った。他にも怪我人が増えた。朝から晩まで休みなしで働いてりゃそうなる。結局、依頼を達成した後、俺の工房にいた奴は全員俺の知り合いの工房に移させた。これ以上、危険に付き合わせる必要も無い。


 お偉いさんとその息子を殴り飛ばした時は爽快だった。なぜ殴ったかって?こいつらは依頼を終了した後、後日新しい依頼を持ってくると当たり前のように言いやがった。その時に殴らなかったのは、まだ俺の工房に部下がいたからだ。殴っちまえば工房長である俺の責任だけじゃ済まなくなる。工房と契約をしている物作師全員の責任になるんだ。それだけは避けたかった。


 そして俺は、スラムに堕ちた。当然だ。物作師協会の会議室で、顔がぐちゃぐちゃになるほど殴ってやったからな。そのおかげで物作師協会から証明証がはく奪されちまった。これで、俺はもう二度と物作師を名乗れない。工房は他の物作師が使うまでは俺のもんだけどな。


 その日から地獄が始まった。罰金で懐の金を全て没収され、工房に置いていた道具も奪われた。手持ちも何もない、残ったのは身体だけだ。物作師協会によって敵視されりゃあ、スラム以外の場所では働けなくなる。俺が女だったら、娼館なり奴隷なりで働けたんだがな。スラムにでやれる仕事と言えば、瓦礫掃除やどぶさらい。後は裏の仕事くらいだった。スラムに堕ちたとしても、裏の仕事に手を出すほど俺は落ちぶれちゃいねえ。賃金は安いが、一日のパンくらいは買える。もちろん、スラムに売ってるクソ汚いパンだがな。後はネズミの肉とくたびれた葉っぱだけだ。それでも腹を満たすくらいなら、なんとかなった。


 仕事が終われば、寝るために工房へと帰る。他の物作師が使っていないか遠くから確認をしなけりゃならねえのが億劫だった。もし使われていたら、俺は寝床すら失い、スラムの土の上に寝なきゃならねえ。他の住人の寝床を奪えば、屋根くらいはつくかもな。


「んあ?何してンだお前ら?」


 ついに別の物作師が工房を使い始めたのかと思ったが、どうやら違うらしい。仕事を終えいつも通り工房へ帰ると、大人の男3人が、銀髪のガキを半殺しにしてやがった。しかしスラムの連中には見えねえ。体格、服装、手形を見てみれば、どうやらどこかの工房の物作師見習いのようだ。気に入らない奴に灸をすえてんのか?それとも銀髪のガキが何かやらかしたか。どちらにしても、俺には関係ねえな。


「……ここはまだ俺の工房だ。やるなら他んとこでやれ」


 そう言って寝床から出て行ってもらおうと思ったが、男たちの反応は無い。まるで俺に見られたのがまずいと、固まってやがる。男が掴んでいた銀髪のガキが、地面に落ちて小さい呻きを上げた。


「ど、どうする……?」

「知らねえよ!」

「落ち着けザーベ、ストム!と、とにかくコイツを……」


 ……なるほど、俺が物作師だと思ってんのか。物作師協会で、物作師同士の喧嘩はご法度だ。つまりそこで伸びている銀髪のガキも、物作師の一人なわけだ。こりゃあ……使えるかもしれねえな。


「おい、てめぇら。このことを黙っててほしいか?」

「あ?」

「このまま俺がこれを報告すりゃ、てめぇらは証明証をはく奪だ。おっと!俺を口封じにボコろうなんて考えるなよ?この後、部下と飲むことになっていてな……罪を重ねない方が良いぜ?」


 嘘だ。俺は物作師証明証をはく奪され、スラムに堕ちた人間でしかない。もしこいつらが俺の事を少しでも知っていれば、はったりだと気づくことも出来るだろうが……この様子じゃ大丈夫そうだ。男たちは互いに顔を見合わせ、どうする?と相談し合っている。少しは今日の飯が旨くなりそうだ。ガキを殴るような連中なら、俺だって存分にやれるしな。


「おーい、聞いてんのか?早くしねえと部下が来るぞ?物作師だろお前ら?証明証をはく奪されりゃ、スラムに堕ちるしかねえんだ。分かる……よな?」

「……ま、まずいってレグタ!俺、スラムにだけは……」

「お、俺も……な、何が欲しいんだよお前!」

「おい!ザーベ、ストム!」


 よっしゃ、これはイケる。と思った俺は、右手の人差し指と親指で輪っかを作ってそいつらに見せてやった。そいつらはすぐに自分の革袋に手を入れ、どれぐらい俺に出すか悩んでいる。リーダー格っぽいレグタって男だけは、気に入らないようで、ただ俺を睨んでいるが。……一応、準備だけはしておくか。目の前の3人のうち、警戒したほうが良さそうなのはレグタって男だけだな。ガタイは良く、少しは喧嘩慣れもしてそうだ。まあ……負ける未來は見えねえが。


「ほら、出せよ。出せば黙っててやるから。……ちなみに全部な?どうせ家にも金を置いてんだろ?ほらほら」


 男達に一歩ずつ、歩み寄りながら右手を出してやる。ザーベとストムは顔を真っ青にしながら、急いで革袋を俺に渡した。……軽いな。稼ぎが低いのか、それとも金遣いが荒いのか。どちらにしても、今は金が増えるだけでありがたい。革袋を懐にしまい、唯一俺を睨んだままのレグタにもう一度手を差し出した。奥歯を噛む音が聞こえ、レグタの手が動き始める。革袋を掴む……瞬間、その手が止まった。


「……なあ、お前。まだ部下は来ねえのか?」

「あ?」

「……お前、嘘ついてんだろ?この工房は最近使われていなかった工房だと聞いたことがある。最初は噂だけだと思っていたが、よく見てみれば、使われていないのがすぐに分かる。それにお前……恰好が汚すぎる。部下を持つような物作師なら、少しは身綺麗にするはずだ」


「バレたか」


 その瞬間、俺はレグタの喉仏に拳を叩きこむ。カエルみてえに「エゴッ」ときたねえ音を出したのを確認し、残った拳で顎先を殴って脳を揺らす。レグタはその場に崩れ落ちた。

 後ろの男達が悲鳴を上げる前に、一人の腹に拳を叩きこみ、もう一人はレグタが持っていた木片でぶん殴った。


「危ない危ない。さて……と」


 倒れているレグタの懐から革袋を取り、全員を適当に離れた路地へ捨てて置く。後は自分で目覚めるか、衛兵が見つければ、どうにかなるだろう。ちなみに奴らが衛兵にチクったとしても問題は無い。なぜなら俺はスラム堕ちをした物作師だ。物作師同士で喧嘩するのはご法度だが、スラムの人間が喧嘩するのは日常茶飯事だ。奴らが金を出せば動くかもしれないが、少しの金じゃ衛兵も動かないだろう。まあ、あいつらがチクるわけもない。自分たちがやったことまで表に出ちまうからな。


「あー、おい。起きろって」


 工房に戻り、床に伸びているガキに声を掛ける。返事が無かったので、一応呼吸があるか、そして骨や内臓に問題がないかを確認した。折れているのは鼻の骨だけだな。あとは打撲だけで済んでるし、すこしすりゃ起きるだろう。


「……父……さん」


 ガキが小さく呟いた。……やめろオズヴィ、こいつを治療する必要はない。いっそ外に出しちまえ。面倒ごとに巻き込まれるな。何かしらコイツがやらかしたから、アホどもに殺されかけるハメになったんだろうが。見捨てろ。助けるな。やめろ。


「……チッ」


 俺の舌打ちが、静かな工房に響き渡った。

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