・物作師見習いは不敬を叫ぶ


 どうしてその理由が分かったのか、どうしてここまで自信を持って言えるのか。それ自体、自分でもよく分からなかった。けれど、身体が内側から叫ぶような感覚がした。


侍女さんは言っていた。リリー様は『眠れない体質』で、よく『寝返り』を打っては身体を起こし、頭や首を手で支えるように『押さえた』り、身体を『摩ったり』していると。ちなみに精神的なトラウマなどで眠れないわけではなく、リリー様本人が何故眠れないのか理由は分からない、と。


 それを聞いた瞬間、今日の朝に見たあの「マットレス」がすぐに頭に浮かんで、それがどんな人に合っているのか、どういう状況に使えるのかが次々と頭に浮かび上がってきた。その瞬間、僕の身体は一瞬で高揚した。熱が上がって、絶対にこれだという自信が湧き上がってきた。すぐにこのことを侍女さんに伝えて、リリー様の私室でベッドを見せてもらわなければ。従来の素材で作られたマットレスなら、リリー様の体質に合うわけがない。




「リリー様は多分……ベッドが合っていないのです!」




 しかし、そう上手くはいかなかった。侍女さんはその言葉を聞いた途端、頬を一気に紅潮させ、それを確認した瞬間に衛兵さんが勢いよく僕を地面に抑え込んだ。視界から突然侍女さんと衛兵さんが消え、次の瞬間には地面が見える。身体の痛みも相まって、先程の興奮の熱もすぐに収まってしまった。




「貴様!なんという無礼を!」


「えっ、えっ!無礼ですか!?今のがですか!?」




 状況が分からず、僕は目を白黒させた。ただリリー様の寝具が合っていないと言っただけなのに、一体何が悪かったのだろうか。侍女さんがすぐにハッとして、衛兵さんに「離しなさい!」と少し声を荒げた。衛兵さんは肩を上下させ、すぐに僕の拘束を解いてくれる。ゆっくりと起き上がると、苦笑した侍女さんが「大丈夫ですか?」と覗き込んできた。僕は「大丈夫です」と伝え、先程まで興奮していた事を謝罪する。




「それで……その、衛兵の方が言っていた“無礼”というのは、僕があまりにも興奮しすぎたからでしょうか……?」


「……いえ、違いますよ。そうですね、私からはあまり……」




 侍女さんは困った笑みを浮かべながら、衛兵さんの方へと振り向いた。衛兵さんは「はっ!」と大きな返事をし敬礼すると、ギロリと僕の方を睨んだ。




「貴様は先程、ヴィリア家の御息女であるリリー様の使われている寝具が不適当であると発言した。これはつまり、リリー様に寝具を送られたヴィリア家当主、リンデロ様よりも貴様こそが相応しい寝具を贈ることが出来ると発言したことになる」


「は、はい。そうですね」


「ぐっ……!」




 確かに今、この衛兵さんの言った事は正解だ。本当にリリー様のベッドは、彼女の体質に合っていないのだ。きっとリンデロ様はお優しいから、何度も寝具を変えたり、高品質の素材が使われた物を贈ったりもしたんだろう。もちろん、素晴らしいと思う。けど、それじゃダメなんだ。今の時代のマットレスじゃ、彼女には負担ばかり出てしまう。まだ、布だけのシンプルなマットレスの方が良いはずだ。流石にそれでは、貴族様としては相応しくないけれど。


 衛兵さんは今にも殺しそうな勢いで僕を睨んでいる。流石に侍女さんの前では剣を抜くことは出来ないだろうから、全身から殺意を吹き出すくらいで済ませているが。




「つ、つまり貴様は……リリー様の夜紡ぎの相手が自身に相応しいと……?」




 ……ん?夜紡ぎ?夜紡ぎってあの、夫婦が愛し合うために身体を重ねるあの……?




「そう言っているのか……?身の程知らずで生意気な小僧め!!今すぐにでも叩ききってやろうか!!」


「は、はあああああああ!?」




 一瞬で顔に熱が帯び、情けない叫び声を上げてしまった。夜紡ぎ!?僕が!?リリー様に!?なぜそうなるんだ!僕は目の前で鼻息を荒くしている衛兵さんを睨みながら、必死にそれを否定した。




「な、何を言ってるんですか!そ、そんな恐れ多いことするわけ……失礼ですよ!馬鹿ですか!変態ですかあなたは!!」


「貴様ぁ!!!!」




 ついに衛兵さんが剣を抜いた。ヒッ!と僕が頭を抱えたしゃがみこんだ瞬間、侍女さんの「やめなさい」という言葉と共に、ドサッと何かが倒れる音がした。恐る恐る音の方向へ視線を向けると、先程とは打って変わって安らかに眠っている衛兵さんが、僕の目の前に倒れていた。その背後には、手をパンパンと叩きながらにっこりと笑っている侍女さんが立っている。




「これ以上はグリットが暴れてしまいそうでしたからね。とある手段で彼には眠ってもらいました。テルマ様も一度、そこに座ってください」




 あまりにも侍女さんの笑顔が怖かったので、僕はすぐさまソファーに座った。侍女さんが外の衛兵さんに「グリットは疲れているようです。すぐに代理の者を」と言って、眠っている衛兵さんを運ばせた。侍女さんが衛兵さんに命令できるものなのだろうか……と疑問に思いつつ、しかし侍女さんの覇気には抗えないのだろうと理解する。きっとリンデロ様のお気に入りで、従者として権力を持っているのかもしれない。グリットさんという衛兵さんに命令も出来ていたし、多分そうなのだろう。


 しばらくして別の衛兵さんが扉の前に立ち、侍女さんが「失礼しますね」とソファーに座った。




「それで……テルマ様の言った、リリー様に寝具が合っていないというのは?」


「は、はい……第一に僕は、リリー様に対して邪な感情を抱いてあの発言をしたわけではありません。その、先程侍女さんが教えてくれましたよね……?リリー様が御体調を崩されるのは眠ることが出来ない体質のせいで、夜中によく頭を抑えたり身体を摩ったりしていると」


「ええ、そうですね。それにリリー様はお身体も弱く、睡眠薬や香なども使えませんから……」


「その原因はきっと、寝具にあると思うんです」


「寝具……ちなみにテルマ様。貴族の女性に寝具を贈る行為の意味については、理解していますか?」


「先程、衛兵のグリットさんが言っていた……事は、今まで知りませんでした」




 なぜ寝具を贈ることが夜紡ぎの誘いになるのかは全く意味が分からない。けれど、従者さんは説明してくれた。その、少し頬を染めながら。元々貴族様の血縁関係でもない男性が、結婚し夫婦になるために最初に『寝具』を贈るのが習慣らしくて、その意味は直球的に言うと『早く夜紡ぎしよう!』という意味らしい。貴族社会は婚姻と共に必ず子を作り、とある儀式を行わなければならない、と。つまり僕は、リンデロ様の御息女であるリリー様に婚姻を申し込んだと思われた……と。あまりにも不埒な意味で。最悪だ。貴族様の世界はそのような遠回しに意味が含まれている言葉や行為が多いらしい。ちなみに親族が寝具を贈るのはごく普通の家族としての行為であり、特に意味は含まれていない。


 それを聞いた僕は、とにかく侍女さんに平伏した。意味を知らなかったとはいえ、今日何度目かも分からない不敬発言である。侍女さんが「いえ、どうやらグリットの勘違いでしたから。ですが今後は気を付けて下さいね」と微笑んでくれたことで、胸を撫で下ろした。




「では、実際にリリー様の私室に向かうことで何が分かるのですか?そして実際に寝具を目にしたことで、テルマ様にはリリー様の不眠を治療することが出来るのでしょうか?」


「治療、というのは医療に携わる職業の方がするべきだとは理解しています。それに侍女さんにとっては、こんな突然現れた物作師見習いに突然こんなことを言われても不安に思われることも分かります。だからこそ、実際に今のリリー様が使われている寝具を僕に見せていただいて、リリー様の不眠を改善出来るかどうか判断させていただきたいのです。」


「……テルマ様はまるでリリー様の御体調の原因を確信しているように見えるのですが、その自信はどこから来るのですか?まだ、寝具が悪いと決まったわけではないのですよね」


「そう、ですね。侍女さんにリリー様の御体調が不調である“原因”と、夜によくされている“行動”を聞くまでは何も考えてはいませんでした。けれど、リリー様のお話を聞くにつれて、僕の知っている不眠の原因についての“サイン”……でしょうか。リリー様は寝返りや体の痛みを訴えていたのですよね?」


「そうですね。よくリリー様は『身体が痛くて眠れない』と仰っていました。そして寝具を変えても『何かが気になって眠れない』とも仰っていましたね」


「何かが気になって眠れない……というのは?」


「それが御本人にも分からないようです。ただ、私も侍女としてリリー様のお部屋に不寝番として御傍にいた時もありましたが、リリー様が魘されていたわけでも、何かの……呪いなどに掛けられた痕跡も無いのです」




 父さんからそんな噂があると聞いたことはある。貴族様の中には、実際に呪いを用いて相手を苦しめる方法があるのだと。だからこそ、貴族様には失礼のないように、と耳が痛くなるほど言われていた時期もあった。




「そしてお薬も使えず、何らかの病でもない……のですよね」


「ええ」




 あ、まずい。また体の熱が上がってきた。顔が紅潮し、呼吸が荒くなる。その身体の勢いに対処しきれず、僕は勢いよく立ち上がった。




「ではやはり、リリー様にはベッドが合っていないのでしょう!!」




 そう叫んだ瞬間、後ろで扉を守りながらこちらを見ていた衛兵が「なっ!?」と声を上げた。侍女さんがすぐに立ち上がって、衛兵さんに「大丈夫です」と声を掛け、僕の両肩に手を置いた。黙りなさいという笑顔の裏に隠された言葉を理解した僕は、すぐに口を閉じ何度も頷いた。侍女さんはそれをみて一度溜息を吐き「そこまで言うならば、実際に見てみましょうか」と挑戦的に笑った。その言葉に身体の熱が上がったのを何とか抑えながら、僕はまた勢いよく首を縦に振った。




「では、行きましょう」




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