・物作師見習いは拒否する
「君を、とある貴族の専属物作師に推薦したい」
「お断りします」
気づけば、リンデロ様の言葉を拒否していた。自分でも分からない。ただでさえ、なぜリンデロ様がそう仰ったのかも分からないのに、無意識に、反射的に出た言葉は彼らを絶句させた。僕は数秒後にリンデロ様へ下げていた頭を上げ、すぐに「すみません!」とその場に平伏した。
なぜ否定したのか、それはすぐに分かった。単純に、僕はまだ専属になれるような技術を持っていない。僕はただの“物作師見習い”なんだ。だから、リンデロ様に推薦されるということが、どんなに名誉でありがたいことでも、僕自身がそれを受け入れられない。しかしリンデロ様の言葉をさえぎって、すぐに否定してしまったというのは大問題だ。これでは父さんと同じ、貴族様の命を拒否して処刑されるかもしれない。
でも、それでも……
「……テルマ君、もう一度聞いても良いだろうか。私は、君をとある貴族の専属物作師に推薦したいと言ったが、君は」
「す、すみません。とてもありがたいお話なのですが、僕は……お断りします」
僕が繰り返し拒否したことで、リンデロ様はこめかみを押さえながら背もたれに深く項垂れた。侍女さんも驚愕で開いた口が塞がらないようだ。衛兵さんが腰にある剣の持ち手を握りしめながら、今にでもこちらに切りかかってきそうな状態をガロンさんがなんとか抑えている。僕はその状況に身体を震わせながら、リンデロ様の言葉を待った。
「理由を……聞かせてくれ。なぜ断る?」
「……僕は、まだ僕自身を認められないほど、技術も経験も無い物作師見習いです。推薦される理由もありません。もしリンデロ様が、父のことを思って僕を専属物作師に推薦されることを理由にしているのなら、ぼ、僕は……まだ、処刑された方がマシです」
「なっ……!」
「だからもし、リンデロ様にお許しいただけるのなら、僕を専属物作師に推薦されることを拒否させてください。僕はただの物作師見習いで、父さんに教えてもらったことに胸を張れる自信もありません。本当に、申し訳ございません」
言い切った。言い切ってしまった。きっと、僕は殺されてしまうだろう。流石にこれは許される範疇を超えている。例えどんなにお優しいリンデロ様だとしても、その親切まで無碍にしたんだ。せめてテレサにあのグラスを渡したかったけれど、無理だ。最後に許されるのなら、リンデロ様の従者に届けてもらえるように乞うしかない。
そう思って、僕はリンデロ様の方へ視線を向ける。なぜか顔が真っ赤ではなく、真っ青になっている。怒りを通り越して、呆れてしまったのだろうか。とにかく、せめて父さんの依頼物を届けるまでは……と口を開こうとしたその時。
「旦那様!リリー様がっ!!」
悲鳴交じりの声が、扉の奥から響いた。その瞬間、リンデロ様が勢いよく立ち上がり、僕の方を見て「すまない、この話はまた」と言って足早に出て行ってしまった。侍女さんと衛兵さんを残して。その状況に僕はついていけず、侍女さんに「大丈夫ですか……?」と聞いたけれど、なぜか侍女さんまで真っ青になって、口を両手で押さえたまま固まっている。心配になって手を伸ばそうとしたけれど、衛兵さんに睨まれてしまった。
「お前はそこに座って待っていろ」
腹の底から冷えたような声を出されて、僕はすぐさまソファーに腰を下ろした。少しして侍女さんがお茶を入れてくれる。良かった、大丈夫みたいだ。と安堵して侍女さんに視線を向ける。けれど、侍女さんは真っ青のまま、口の端を引き攣らせている。
「じ、侍女さん。やっぱり顔色が……」
「いえ、大丈夫です。テルマ様はお気になさらず」
「ですが……」
僕がそう言っても、侍女さんは首を振りながらぎこちない笑みを浮かべるだけだ。気になって仕方ない。さっきのリリー様、というのはリンデロ様の関係者だろうか。もしかしたら奥様……それか娘さん?侍女さんが真っ青になるってことは、きっとリリー様に何か危険があったのかもしれない。そう思い、僕は侍女さんに聞いてみることにした。
「侍女さん、先程のリリー様とはどなたですか?」
「え……?」
「どうしても気になってしまうんです。その、リンデロ様もすぐに出て行ってしまわれましたし、侍女さんだってすごく気にしているようですから」
いざ聞いてみると、侍女さんは僕から視線を逸らした。聞いてはいけないことだったのだろうか。流石に出過ぎた真似をしたと思い、僕は侍女さんに「すみません」と言って、紅茶を口に含んだ。少しの沈黙が流れ、侍女さんは「リリー……様は」と口を開いた。
「我がヴィリア家の……旦那様の一人娘です。とても旦那様に可愛がられており、私もリリー様を愛し……お慕いしております。しかし、リリー様はとある理由で、体調を崩しやすいのです。最近は特に酷く、少し動いただけで倒れられてしまうこともあります」
「それは……心配ですね」
「ええ、とても。ですがテルマ様はお客様ですので、私共が対応を放棄することは出来ません。旦那様が向かわれたので、きっと大丈夫……でしょう」
……それでいいのだろうか。僕はただの平民で、リリー様がリンデロ様の娘なら、優先するのは決まっているはずだ。それでもこの侍女さんは僕の対応を手放す気はないらしい。でも、昨日は侍女さんに慰めてもらって落ち着くことも出来たし、僕が侍女さんに大変な迷惑をしていることにも変わりはない。これ以上迷惑もかけたくないし、侍女さんはきっとリリー様の元へと向かいたいだろう。うーん、どうすれば。
「ちなみにその……リリー様の不調の原因を聞いても構わないでしょうか?」
「ええ、構いませんよ。リリー様の不調は…………です」
「なっ!?」
侍女さんからリリー様のお身体について聞かせてもらった瞬間、僕の身体に突然衝撃が走った。身体の中の血液が回るのが速くなって、心臓がバクバクと鳴り響く。咄嗟に胸を右手で押さえて、落ちかけた頭を左手で支える。侍女さんが訝し気に「テルマ様?」と声を掛けてくるが、それに反応する余裕はない。この身体の……高揚が、興奮が止まらないのだ。
僕は勢いよく立ち上がると、侍女さんと衛兵さんの方へと視線を向ける。分かる、自分が一番分かっている。もしかしたらリリー様は、あれさえあれば救えるかもしれない。正確には救う、という表現は大げさでもある気がするが、これで少しでも彼女の体調が良くなればそれでいい。
「今すぐ、リリー様の部屋に行かせてください!」
僕は興奮した声で侍女さんに言った。侍女さんも衛兵さんも「いきなりどうした……?」みたいな困惑した表情を浮かべているけれど、僕の鼻息は止まらない。
「ど、どうされましたテルマ様?」
「今すぐ!お願いします!リリー様は多分…………ベッドが合っていないのです!」
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