【Episode2】マッドサイクロン

「走っている間だけは

 いやなこと思い出さずにいられんだ」







 速くてでかくてうるせえ車でとばすのが好きなんだ。


 初めて手に入れた単車はすぐ自分好みに改造したさ。とがった三段シートにマフラーカットして爆音、全体を赤と黄色と黒のペンキで塗り変えたスペシャル仕様。まあ、カーブを曲がり切れず谷底へ落としてすぐオシャカにしちまったがよ。

 あいつはそんな俺をいつも心配そうに見ていた。俺にいわせりゃ、あいつのほうがよっぽど心配だったけどな。くだらねえことでよく泣くし、怒るし、へこむ。

 子どもができない体なのがわかったときはヒドかったな。ずっとギャーギャー泣きわめいてさ。「ガキなんざいてもいなくてもいいだろ」って俺が言うと、あいつは「あんたにはわからない。もう生きている意味がない。死にたい」なんてほざきやがった。

 ムカッときてよ。俺はあいつの首根っこつかんで、車に押し込んだ。そんで全力でアクセルを踏んだよ。そんなに死にてえなら殺してやろうと思ったんだ。信号なんて当然全無視。あいつがどんだけ騒ごうが、俺はブレーキを踏まなかった。

 10個目の信号を通り過ぎたあたりかな。

「殺す気か!」

 って言いながらグーで俺の顔面をなぐりつけてきたわけ。死にてえ死にてえ騒いでいたのはそっちなのによ。俺たちは車を降りてつかみ合いのケンカをした。おいおい、女に本気を出すわけねえだろ? そりゃもちろん手加減はしたサ。でも、ひっかいてくるわ噛みついてくるわ石投げてくるわでひでえ目にあったよ。

 あいつはグシャグシャの髪とひでえ顔で「腹減った」っていうから、サービスエリアでキングサイズのバーガーとコーラを買ってやった。あいつは泣きながらそれをバクバク食った。そのあとは二人で朝までドライブさ。海に出て、浜辺でコーヒー飲みながらすっげえキレイな日の出を見た。


「あんたが、さ」あいつはぽつりといった。

「あんたがバカすぎるからさ、なるべく長生きることにするわ。あんた、あたしがいなくなったらこんなことばっかして、いつか早死にしちまうもんね」

 グシャグシャだけど朝陽に照らされて、女神サマみてえにきれいな顔であいつは俺にいったんだ。

「だから、もうこんなムチャしないって約束して」


 そういっていたのに、な。


『別れの日』って言い方は正直好きじゃねえんだ。

 あの日、なにが起きたんだろうな。

 俺は仕事仲間と少し飲みすぎちまって、酔い覚ましに歩きながら帰っているときだった。夜なのにピカッと光ってさ。白いモヤみたいのが広がって俺のシティを包んでいくのが見えた。

 そして、あいつは、犬と、家と、うちのシティといっしょに消えちまった。俺だけが、この穴だらけになった世界に取り残されちまった。


 そんなわけで、もう俺にはブレーキをかける理由がないのサ。

 約束を破ったのはあいつの方だし、国もサツも消えちまったから捕まることもねえ。世界はメチャクチャになったけど俺は自由になった。

 さっぱりしたんじゃねえかって?

 それがよ。どうしようもなくむなしいんだ。あの白い光は、きっとこの世界だけじゃなく、俺の心にも穴を開けちまったんだ。今つるんでいる連中はみんなそんな感じさ。こんなイカれた世界であれこれマジメに考えても仕方ねえと思ってんだ。爆音爆速で走る。ほしいものがあったら奪う。逆らうやつは撃つ。とにかく、欲望に狂うことにしたんだ。

 …ああ、こいつ? イケてんだろ?

『マッドサイクロン』ていうんだ。速くてゴツくて無敵の相棒さ。走り出したら誰にも止められねえよ。

 

 …でもよ、情けねえ話ではあんだけど、ときどき考えちまう。あいつが今の俺を見たら、なんていうかなってさ。

 こうやってワルして、迷惑かけて、ブレーキ踏まねえでいたら、

「バカみてえなことしてんじゃねえ!」って、いつかまた、あいつが俺をぶんなぐりに戻ってきてくれるんじゃねえかって心のどっかで期待してんのかもしれねえ、な。

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