八人のアダム外伝~Side Stories~

とんすけ

【Episode1】 レイファー・ルーディアン・スタークD


「あのスターズたちは

 ぼくらのヒーローさ。

 誰が何と言おうとね」






 レイファー、ルーディアン、スタークD。この三機のスターズはクランツ博士によって作られた。


 クランツ博士は機械工学、特に人工知能分野における世界的権威として知られている。かのアダム博士、ログディス博士と並び称されるほどの天才科学者であったが、気難しい変人としても知られ、奇行ともとれる変わった日課をいくつか持っていた。

 その日課の代表的なものは、毎朝きっかり午前6時から6時半までの30分間、全裸になって朝陽を浴びることであった。この儀式は太陽が顔を出している日であれば、夏も冬も関係なく行われた。クランツ博士はこの行為が自身の健康と幸福に欠かせないものだと確信していた。そして誰かにその時間を邪魔されることをなによりも嫌った。

 しかし、戦火が拡大するにつれ、博士の朝の日課はしばしば警報や空襲で妨げられるようになった。さらに、政府の高官が博士の家を訪ねてきては、軍事用スターズ開発に協力するようしつこく要請してくるようにもなった。

 この状況にうんざりした博士は、大学の研究室を辞し、故郷の田舎町へ戻ることにした。退職金でほどよい広さの土地を買い、木造で風通しのよい一階建ての家を建ててそこを住居とし、敷地の離れには簡素な研究所を作った。博士はこの土地で毎朝同じ時間に起き、裸で朝陽を浴び、日中は一人研究に打ち込み、夜はクラシック音楽を聴いて過ごした。それは博士にとって至福の日々であった。

 

 だが、戦線のさらなる広がりは、博士の幸福な生活を再び奪おうとしていた。この田舎町にも、いつ帝国の兵がやってきてもおかしくない状況だった。

「無防備に外に出ていては危険なのです。先生ほどの方に何かあったら…」

 町長は、言いにくそうに告げた。博士の奇妙な日課をこの狭い町では知らぬものはいなかったのだ。すると、かの天才科学者は口をヘの字に曲げながらこういった。

「では、町が危険でなければいいのだな」


 こうして博士は三機のスターズ作り上げた。

 接近戦に優れた【レイファー】、狙撃能力に優れた【スタークD】、そして、攻守にバランスの取れた【ルーディアン】である。


 これら三機は博士が独力で作り上げたにもかかわらず、当時の自律式スターズとして最高峰の性能を持っていた。高い学習機能を備え、人間の手を借りずに自分たちで思考し、その性能を改良していくことができた。さらには心のような機能さえ持ち合わせていた。博士はスターズに感情を持たせる研究をしていたのだ。

 

 彼らは町の守護神となった。町に近づく帝国の編隊があっても、三機のすぐれた連携の前に編隊は壊滅寸前まで追い込まれ、撤退を余儀なくされた。

 町民たち、とりわけ町のこどもたちは、自分たちを守ってくれる勇者たちに感謝し、憧れ、心から慕った。そして、いつしか三機も、こどもたちと過ごす時間を何よりも大切に思うようになっていた。

 大戦の末期になると、連合国の開発した新型スターズが凄まじい働きを見せ、帝国の劣勢が報じられるようになった。だが、自暴自棄になった帝国首脳が、非人道的な恐ろしい報復を計画しているという噂が立つようにもなっていた。

 町の大人たちは、万が一の攻撃に備え、子どもたちをほかのシティへ疎開させることに決めた。しかし、その経路には危険地帯もあった。三機はこどもたちの身を案じ、道中の護衛するために、町と博士の警備を一日空けてよいかを博士へ相談した。

「好きにしろ」

 偏屈な博士はぶっきらぼうにいった。三機は博士に深く感謝を伝えて、子どもたちと共に町を出た。


 博士は久しぶりに一人で夜を過ごした。三機のいない家はいつもよりすこし広く感じられた。


(おれのためにつくったあいつらに、おれよりも優先するものができたか)


 自分の作品がそこまでたどりついたことは、嬉しいようで、すこしさびしくもあった。夕食時にはとっておきのヴィンテージワインのコルクを抜き、クラシック音楽を聴きながらゆっくりと味わった。軽く酔いが回ると、いつも通り目覚ましのタイマーを朝の五時半に鳴るようにセットして、9時過ぎには眠りについた。

 

 だが、そのタイマーが鳴ることは二度となかった。


 深夜、なんの前触れもなく、大量のミサイルが町を爆撃した。

 世界中に『白い穴』が出現し、『別れの日』と呼ばれたこの日に、なぜこの田舎町が爆撃の対象になったのか定かではない。『白い穴』発生時の電磁波が引き起こした軍事システムの誤作動ではないかという人もいたし、クランツ博士の能力を恐れた帝国の攻撃ではないかという人もいた。だが、その原因を確認する手段は、もはやなかった。ミサイルが発射されたであろう基地は、『白い穴』に吸い込まれ消えてしまったからだ。

 

 翌日、町に戻ってきた三機は惨状を知った。

 

 彼らの生みの親は、爆風で崩れた建物の下敷きになり、息を引き取っていた。

 三機は混乱した。この三機は、クランツ博士を守ることを至上の命題として作られていた。しかし、その守るべき対象は今や物言わぬ亡骸なのである。


 クランツ博士ヲ守護セヨ。

 クランツ博士ノ心肺ハ停止シテイル。エラー。

 

 クランツ博士ヲ守護セヨ。

 クランツ博士ノ心肺ハ停止シテイル。エラー。


 エラー。エラー。


 彼らはループ状態に陥った。何度再起動を繰り返しても、次の行動を設定できなくなった。それは人間でいえばある種の鬱のような状態であった。


 二年近い時間が過ぎたころ、三機はついに、その苦しみから脱するための新しい目的を自分たちで導き出した。


『クランツ博士ヲ修復セヨ』


 だがそれを実現するための方法は不明だった。現状では、人間を修復することに関する情報があまりにも不足していた。データが必要だ。そのデータを得るためには、活動を停止した人間を、ほかの人間がどのように修復するかを観測すればよい、と結論づけた。

 そして三機は観測地の選定を開始した。ある程度の数の人間が生存している場所が望ましかった。リサーチの結果、ターゲットは『サンドラシティ』という小さなシティに決まった。

 奇しくもそこは、かつて彼らが連れて行ったこどもたちの疎開した先であった。

 

 だが、彼らが以前こどもたちに抱いていた感情のようなものは、新しい目的によってとうに上書きされてしまっていた。

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