Episode:8 Burn out

 きっかけは一つの気づきだった。

 『胸の一部を除き、ほぼ全身が炎化しているとき、魔力はどうなっているのか。』という発想である。結論から述べるのであれば、普通ならばほぼ均等に広がっている魔力が、炎化しているときに限って言えばほぼ胸に集中していた。炎の部分には、魔力がほぼなかったのだ。ここから、この仮説が生まれた。つまり、

 『身体という側面から言えば炎に変化、置き換わっているといえるが、魂、生命の宿る場所は縮み、圧縮している。つまり、炎は俺の体の一部でありながらその魂は自分の体と認識していない』ということである。


 仮説が立てば、あとは立証するだけ。仮説に従い、行動するのみである。徐々に炎にも魔力を通す。炎がその性質を保ったまま、魔力を通していくのは、ただ、魔力を循環させるのとは訳が違った。炎に通る魔力は、自分の魔力と微妙に性質が違ったからだ。性質変化をスムーズに行えるように練習し、徐々に魔力が通っていく。そして全身の魔力が均一になり、胸の魔力の性質も変化させていくと、それに伴って残りの部分も炎化できた。そして、完全に炎化が完了した時、俺の体が完全に血肉を失った時、俺は、霊魂の在り方を知った。


 慌てて体を戻す。一瞬だが、俺の魂は肉体を捨てた。霊魂の存在する次元に意識が飛び、あらゆる命の魂を感知し、物理的な障害から解き放たれた、そんな感覚。もう少し遅ければ、戻れなくなっていたかもしれない。


 その後、かなりビビりながらも、魂の次元へ安全にアクセスする方法を探す。体がこの次元に魂をとどめておく殻だ。炎化はせず、魔力の質を変える。体の中で、魂を自由にする。魂の次元を体の中に閉じ込める。そうすることで、俺は魂の存在を感知できた。今は感知できるだけだ。が、可能性は感じる。魂に対してからとして機能するのなら、この体は魂に作用できる。魂を自由にする性質を持つ魔力とは、魂の次元の環境に似た性質を持つということ。魂に影響を与えられるということだ。…いいねえ。霊魂に作用し、支配する魔術。俺はこの魔術を極めよう。


「ついに魔力の性質変化を身に着けましたよ!」


宿に戻るなり、モナから報告を受けた。聞けば、ローズは一足先に身に着けていたらしい。まだ少し不格好だが、衝拳も使えるようになっていた。


「へえ。すごいじゃないか。しかしそうなると、三人そろって自主練突入か。俺はこの一週間で、魔術の方向性は考えたんだが…。モナは何か考えはあるのか?」

「はい!魔力操作できるようになって気づいたんですが、昔歌い手をしていた頃、この感覚に似た感覚だった気がするんです。だから、歌に魔力を乗せるような方向が向いているのかな、と思うのですが…。」

「面白そうじゃないか。頑張れよ。」

「はい!」

「ローズはどうなんだ?」

「……。笑わないで聞いてほしいのだが、おとぎ話に出てくる剣士は、傷をつけずに内臓だけを切り裂き、鎧だけを切り落としたと伝わっているのだ。誰も信じぬ与太話だが、剣士としてはこの技を身に着けてみたい。魔術は、そのための手段になりそうなのだ。」

「かっけえな。なぁ、モナ。」

「ええ。そもそも私たちは非常識など何度も見ているのです。いまさらその程度で笑おうなどと、そんなことは思いませんよ。」

「……そうか。ありがとう。ご主人様の期待には全霊を以って答えようではないか!」

「明日からはテントを買って少し遠出をしよう。この近くは訓練になるような魔獣がいない。」

「わかりました。では今晩は、お早めにご就寝なさいますか?」

「まさか。むしろ、張り切ってしまうかもしれないな。」

「まあ。楽しみですわ。ねえ、ローズ?」

「う、うむ。」


 朝、少し早めに起きた俺たちは朝食をとると、野営道具を買い、武器を取りに行く。フェニクスとしての訓練、魔獣との本気の戦いなど、街から遠く離れなければできないことも多い。二人の武器は魔術練習の期間に作ってもらっていた。特殊な機能のない、ただただ丈夫で硬い二本の刀、二つのナイフ。技を鍛えるには、余計な機能、特徴などないほうがいい。おかげで一週間かけて貯めた貯金がぱあだ。気にしてはいないが。宿も引き払った。忘れ物がないことを確認し終えると、俺たちは街を後にした。


 カリストが仲間になってくれてよかったと、俺は改めて思っていた。荷物は腹に巻いて運んでくれる。いるだけで魔獣が襲ってきにくい。夜の警戒も最低限でいい。そして愛くるしい。そんなカリストへの感謝を再確認しながら、進むこと一か月と少し。初めはなれなかった二人も、だんだんとそれなりの振る舞いが出いるようになっていった。人数の多いパーティの場合は数時間交代で警戒するらしいが、俺らは三人。ゆえに夜は、警戒しながら浅く眠る。慣れれば割とできるものだ。この生活では、昼に体力を温存するのも大事な技術だ。そしてついに、俺の生まれた森、不帰の森が見えた。ここからは、森の外にテントを置き、昼は森に入り、夜はテントに戻る。このサイクルで、訓練をしていく予定だ。いつまでいるかはわからないが、ここでの訓練は、相当な密度だろう。なにせ、数は少ないが国難級すら出る森だ。二人の成長を勝手に予想して、俺は一人、少しうれしくなっていた。

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