第7話 終わらせるということ
「でも、最後にもう一点だけ、お聞きしたいことがあります」
「何だい?」
「確かに、年々怪物の発生数は減少し、最近ではヒーローの活動は減衰を迎えています。あなたの後を継ぐ『キャプテン』がいなくなって久しいですが、それによって治安が悪化したわけでもなく、むしろ平和な社会に向かっていっています」
「とても喜ばしいことだ」
「確かに喜ばしいことです。しかし、あなたは最後の『キャプテン』として、恐らく人類最後のスーパーヒーローだったんです。そんなあなたが引退したことで、ヒーローの時代は終わりと迎えたと言っても過言ではない」
「ふむ?」
「あなたは『ヒーローへの夢』を終わらせた人なわけです」
「僕のことを非難してるのかい?」
「そういうつもりではありません。これは、客観的な事実ですよね?」
「……そうだね。確かに、私が引退したことが、『ヒーローへの夢を終わらせたと言っても過言ではないね」
「人類全体を席巻していた夢を終わらせる。自分の夢に区切りをつけることは何ら珍しくもありません。しかし、自分以外の夢を諦めさせるというケースは、本当に事例がありません」
「なるほどね」
「僕は知りたいんです。おそらく現在ではあなたしか知り得ないであろう、人々の夢を終わらせた人の心境を。教えてください。あなたは、自分がヒーローへの夢を諦めさせたことを、どう思っているのですか?」
「うーん、答えづらいね。どこから話そうか」
「あ、すみません。責めてるわけじゃないんです。誰からも憧れられるようなすごい人にしかない悩みだなと思ったので、なんというか、ジャーナリスト精神が疼きまして……はは……」
「分かってるよ。別に、気を悪くしてなんかないさ」
「では、お答えいただけますか?」
「意外かもしれないがね、答えは『楽しみな気分』なんだ」
「『楽しみ』?それは……意外ですね」
「そうだよ。これから夢を持つ人たちは、僕が持った夢よりもいい夢を持つに違いないさ。僕はそう信じてる」
「なぜ、そう思うんですか?」
「確かに、ヒーローへの夢は僕が壊した。でも、今の若者は全ての夢を諦めてしまったのかい?答えは否だ。ヒーローをやめてから、多くの若者に出会ったが、誰もがいい目をして、目標を持って行動していた。彼らの夢が、僕が抱いていたものよりも程度の低いものであるとは思えない」
「確かにそうかもしれません。でも、『世界を救う』なんて大それたことを言える人はもういなくなってしまいましたよ」
「夢に大小もないさ。夢に大きさなんて関係ない。夢は、ただ持つだけでも価値があるものだ。どれだけちっぽけであろうと、それが『世界を救う』という夢より程度の低いものなんかじゃない。これだけは断言できる。
君だってそうだろう?君の抱いた夢と僕の抱いた夢は等価値だ。そこに優劣はないよ」
「一つの夢がなくなったからといって、全ての夢がなくなるわけではない、と」
「それだけじゃない。また新しい夢を見出すことができるのさ。平和な世界だからこそ、望むことができる夢もある」
「たとえば、どんな夢ですか?」
「最近の僕の夢は『世界で一番美味しいリンゴを作ること』だよ。あのリンゴ畑を見てごらん」
「あ、やっぱりリンゴ畑だったんですね。そろそろ収穫の時期ですか?」
「ああ、もうこれから収穫だよ。早めに収穫しておいた後に熟成させるんだ。そうすることで、適度な甘みと旨みが生まれるんだよ」
「へぇ〜、工夫されてるんですね。これ全部一人で作ったんですか?」
「ああ!もう年になったが、まだまだ畑仕事は楽しめるさ。これが今の僕の夢だ。この夢を達成するための困難と達成した時の達成感は、世界一のヒーローになることと大差ない」
「なるほど」
「こんな夢も、怪物が少なくなった平和な世界でしか望めないことだ」
「今なら、分かりますよ。あなたが今でも楽しそうにしてる理由」
「ほう?」
「あなたは、何からも逃げてなんかいなかった。諦めてもいなかった。ただ単に、次の夢に向かって進んでいっただけなんですね」
「ああ、そうだね。人によっては、こんな私を蔑むかもしれないが」
「でも、別にいい。あなたは、そういう生き方こそを選んだ。その選択は、何にも変えられない価値だった」
「その通りだ。少しは私のことがわかるようになったかね?」
「まさか。まだまだ知りたいことありますよ」
「例えば?」
「……りんごの育て方、教えてくれませんか?」
「あはは、もちろんだとも」
-だから僕はスーパーヒーローを諦めた 終-
だから僕はスーパーヒーローを諦めた 八山スイモン @x123kun
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