第5話 先達


「『キャプテン・オール』!あの伝説のスーパーヒーローですか?!」


「ああ。先代の『キャプテン』にして、私の師匠だ」


「出てくる名前がビッグ過ぎる……。『キャプテン・オール』とはどのような話を?」


「彼もまた、僕と同じような境遇だったんだ。同じく無力感に怯え、それを振り払おうと強くなろうとした。そして、彼は……」


「ええ。ヒーロー活動中の任務で負った怪我により、二度と戦えない体になってしまい、やむを得ず引退したと言われていますね」


「確かに二度と戦えない体になってしまったが、戦わずとも彼はヒーローであり続ける選択肢はあったんだ。後進育成とかね。でも、彼はそれすらやめてしまった」


「何かとても悲しいこと、あるいは失望したことがあったんでしょうか?」


「そうじゃなかった。彼は運よく、落とし所を見つけることができたんだ」


「落とし所、ですか。それは、都合のいい区切り目、ということでしょうか?」


「そうだ。あのまま彼は戦い続けていたら、いつか必ず後悔するであろうということを確信していたんだ。自分だけが後悔するだけならまだいい。でも、自分の後悔に他人まで突き合わせるようなことは、ヒーローとして耐えられることではなかった」


「単に怪我で戦えなくなったからやむなく、ではないのですね。彼は、どこまでも

『人々にとってのヒーローであれるか』を大事にしていたということですか」


「彼には多くのファンがいたし、支える人もいた。みんな、彼が負った傷に心を痛めていたんだ。誰もが彼に『もういいんだ』と声をかけたのさ。彼には、強きものとしての責務よりも、自分を長らく支えてきてくれていた人たちの悲痛な声の方が強く響いたんだろうね」


「なるほど。確かにその引退は残念かもしれませんが、どこまで行っても誰かのためを思っての行動を取ったのでしょう?尊敬できることではありませんか?」


「確かに彼は、最後まで誰かのことを思っていた。立派だと思うよ。でも、僕が彼に話を聞いた時には、彼は既に『ヒーロー』じゃなくなっていたんだ。身分・資格の話ではないよ。心から、彼は『ヒーロー』をやめていた」


「と、言いますと?」


「最強にして、最高のヒーローであっても、最後はヒーローではない普通の人間になることができていたんだ。彼は僕にこう言ったのさ

『ヒーローをやりたいならとことんやればいい。でも、そこにわずかでも迷いがあるのなら、とことん迷いなさい。迷って、悩んで、クヨクヨして、決断できずに考え続ける。確かにダサいことだが、それこそが人間のあるべき姿だ』

とね」


「真理ですね」


「そうだね。私もハッとさせられた。ヒーローとは完璧であり、滅私奉公の精神で人々を助けるべきだというのが当時の私の考えだったからね。彼の言葉をはじめに聞いたときは何が何だかよく分からなかったものさ。無力感を、この恐怖を打ち払う術を学びに行ったのに、いつの間にか人間とは何かという講義をされたんだから」


「その後、あなたはどのように変わっていったのですか?」


「しばらくの間は、特に変わらずヒーローとして強くなり続けようとしたさ。でもね、ある時迷いが起きた。段々と私も年をとってね。少しづつ、全盛期ほど戦えなくなっていた。それで引退を考え始めた時から、少しづつ『スーパーヒーローの自分』に疑問が湧き始めたんだ。自分はもしかしたら、スーパーヒーローとして相応しくないんじゃないかってね」


「ふさわしくない?あなたは史上最高のヒーローとして、大活躍されたじゃないですか。あなた以上にふさわしい人なんていませんよ」


「こればっかりは、当事者じゃないと分からないだろうね。確かに、自分よりもすごい存在が、強い存在が史上最高のヒーローであれば、僕も君と同じ言葉を投げかけていただろうね。でも、いざ実際に史上最高になってしまったら、僕は自分のことを。別に謙遜しているわけじゃないよ。憧れているものっていうのは、それになった瞬間には憧れているものじゃなくなってしまうんだ」


「…………」


「確かに僕は、『キャプテン・オール』をはじめとする多くのヒーローに憧れていたし、自分がそんなヒーローになれると知った時は大喜びしたものさ。でも、いざなってしまったら、それは単なる『今の自分』なんだ。僕の憧れを満たしてくれるわけじゃない」


「あ、もしかして、『キャプテン・オール』も同じことを考えていたんですか?」


「そうだ。彼もまた、スーパーヒーローとして賞賛される自分に大きな疑問を持っていた。そしていつしか、憧れる存在になろうとするのをやめたんだ。

そうして彼はヒーローをやめた。やめて、無力感からも恐怖からも、そして憧れからも脱却したんだ」






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