卒業-Obverse-4

大学の入学式はとっても早い。

大体の大学が、4月に入ってすぐに入学式。その後オリエンテーションや健康診断があって、二週目には講義が始まる。それから履修登録を済ませて、本格的に講義が始まるのは5月から。

私は、入学式の日に仲良くなった同じ学科の子と3人で一緒にいることが多かった。

それでも、その二人と講義が一緒にならない時もあって、その時はちょうど、一人の時だった。講義自体が初めてで、私はその教室に入るのも初めてだったので、廊下寄りの、後ろの方に座っていた。

『あのさ』

え?私。。?

見上げると、なんとも派手な見た目の男の子がそこに立っていた。

髪は短髪だけど、赤みがかった茶色で、真っ赤な生地に、黒のペンキで書いたようなよくわからない英語が書かれたシャツに、真っ黒のパンツと腰にはチェーンが何本も下がっていた。

それに。。耳には。。ピアス??

「え?なに?」

『この講義、席順決まってるみたいだよ』

え?言いながら、黒板の方を見た彼の目線を追うと、確かに黒板になにか貼られている。。

『そこ、俺の席だから。』

「そ、そうなんだ、ごめんなさい。」

私は恥ずかしくなって、そそくさと移動した。

『あ、ちょっと』

あれ?そもそも最初の講義なのになんで席順が決まってるんだろ

『お前さ、事前アンケート提出した?』

アンケート。。?なんのこと?

「アンケート?」

恐る恐る聞いてみると

『やっぱりね、アンケートを出したやつは席順が貼り出されるんだよ。出さずに、やっぱり授業受けてみたいってなった人は通路を挟んで窓側に座ることになってるみたいよ』

「そ、そうなんだ。」

怖そうな見た目だけど、案外優しい。。のかな??

「ありがとう。」

それだけ言って窓側の席へ。。

と思ったけど、なんか、一気に疲れた。。

この講義はやめようかな。。ちょっと一息つきたいな。。

基本的に大学で配られた書類やなんかは読み合わせをしないので、今回みたいに見落とすことも結構あった。。

高校生の時とは、やっぱり違うんだな。。皆普通にできててすごいな。

私はちょっとついていけてないかも。。大学のことと、バイトのことと、恒星のことと。。たったこれだけなのにバランスが取れない。

まだ一週間なのに、こんなんで大丈夫かな?

いいや、ちょっと食堂で一休みしよう。

この講義は必修じゃないし、半期科目だから後期でも取れるし。

慣れるまではどうしたって大変だもん、皆きっと、こうやってうまくバランス取ってるんだよ。きっと。

 

 

 

 

自販機で買ったカップのカフェオレを持って座っていると。

『なに?さっきの講義やめたの?』

え、この声は。。

「あ、さっきの。。」

『あぁ、俺は、片桐詩乃。』

「私、山本、さぎり。」

っていうか、追いかけてきたの?

「ていうか、なんで」

『いや、俺が話しかけたら急に出て行ったから、具合でも悪いのかと思って。』

意外

「あ、大丈夫。なんか、出だしで空回りしちゃったから、あの講義は後期に回そうかなって思って。必修じゃないし」

『なんだ。まぁ、いいけど。』

え?座るの?

「え?講義。は?」

『いいや、俺も後期にする』

「そう。。」

『ん?なんだ、やっぱりなんかあるのか?元気ないねぇ』

いや、これは、大学のことは関係なくて。。

「いや、なんか、新しい環境で、ちょっと疲れちゃって。」

『まだ1週間じゃん。まぁでも、そう言うこともあるか。今日の午後、講義は?』

「うん、五限、だけ。」

『なんの?』

「歴史学。」

『なんだ、一緒じゃん。誰か一緒に受ける友達はいるのか?』

「あ、うん、この後、ここで待ち合わせしてる子達と、一緒。」

『そうか。まぁ、なら、いいか。』

え?

「なにが?」

『あぁ、一緒に受ける友達がいるなら心配ないなと思って。別に、深い意味はないよ』

あぁ、心配してくれたんだ。

「ありがとう。ごめんね、初対面なのに心配かけて。」

『いや、謝るほどのことじゃないよ。別になにもしてないし。さぎり、だっけ?は、どこ出身なの?』

いきなり、呼び捨て。。

「えっと、小山市。それより、名前。」

『あぁ、悪い、彼氏に怒られるか。小山市か。じゃ、まぁまぁ近いな。』

え?彼氏って、あぁ、指輪か。。

「うん、片桐君は、どこ出身?」

『俺は、宇都宮。大学のすぐ近くだよ』

へぇ、なんか意外。

『もう、長いのか?』

「え?なにが?

『今の彼氏と』

あぁ

「うん、2年ちょっと」

『いいね。まぁ、それだけ長きゃケンカもするか』

だから

「してないよ。ケンカなんて」

『だとしたら、余計よくないかもな』

「なんで?いいことじゃない?」

『うーん、それは、人それぞれだろ』 

そんな、他愛もない話をしていたら、チャイムがなって、徐々に人が入ってきた。

『じゃ、俺は行くわ。そろそろ友達も来るだろうし。』

「うん、あの、ありがとね。」

『?別になにもしてないよ。それより。彼氏と仲良くな。』

 

 


 

 

 

だから、ケンカなんて、してないもん。。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そう、私が意気消沈していた理由は、実は恒星とのことが原因だった。いや、厳密に言えば恒星が原因ではないか。

でも、今回は私が悪いから、なんとも。。

バイト先の先輩で、大学二年生の大久保さんていう、いわゆる普通の男の人がある日私に連絡先を聞いてきた。

シフトのこともあるし、お互い知っておいてもいいもんだと思った私は、すぐに承諾した。そもそもそれが間違いだった。

それからは何かとメールをしてきてとにかくしつこかった。

【お疲れ!次バイトいつ入ってんの?】

【学校どう?友達出来た?今度遊びに行かない?】

【デートがだめならご飯は?いいお店連れてくよ】

【彼氏ねぇ。バレなきゃいいんじゃない?】

【俺は本気だけど、いいよ。さぎりちゃんになら遊ばれても。】

【ほら、だんだん俺のことが好きになーる。俺と一回遊んで、好きになってくれたら彼氏と別れるとかでもいいよ】

【なんだかんだ言って返事くれてるんだからホントは俺のこと気になってるんじゃないの?】

もうね、ここまでくるとストーカーだよね。私は、その都度ちゃんと断ったし、意味が解らないメールは全部無視した。なのにホント、あまりにもしつこくて。でも、バイト先の先輩だから、誰に相談したらいいかわからなくて。。

恒星に相談した。すると、なんか、思った以上に怒っちゃって。

『なにそれ。店長に相談した?』

いや、

「してない、けど。」

『だろうな。それは、ちゃんと店長に相談した方がいい。それに、その男には、彼氏からNGが出たって言っていいから。あと、連絡先を安易に教えるさぎりも、ちょっとどうなんだろう。』

彼氏からのNGなんて、何度も言ってる。それに、私は彼氏以外には興味がないとも言ってる。それでも誘ってくるの。もうなんなの!って感じ。

私もかなり参っている。正直、バイト行きたくないもん。

だから、恒星が怒ったのもわかるんだけど、優しくしてほしかった。確かに、安易に連絡先を教えた私も悪いけど、バイト先の先輩に連絡先を聞かれたら、教えないなんてむしろ失礼じゃないかと。。もういいや。そんなこと。。

バイト、やめようかなぁ。

恒星、ごめんね。

でも、断るって言ったって、そもそも誘われること自体が全然なかったんだもん。。どうやって断ったら、いいんだろ。いや、断ってるんだけどなぁ。。そんな状態が、もう2週間以上も続いている。

 

それでも、バイトには行かなきゃいけない。

もう、なるべく大久保さんとは関わらないようにしよう。

元々大久保さんはキッチンだから、私とはそんなに関わりはない。

でも、やっぱり嫌だな。せっかく素敵なお店で働いてるのに、こんな気持ちのままいたくないな。。

私の気持ちが通じた。。のかどうかはわからないけど、その日は大久保さんは話し掛けてこなかったし、メールもなかった。

恒星は、ここ最近は特に疲れているみたいで、メールも少ない。そりゃそうだよね。ただでさえ、恒星は大学まで片道約二時間掛かっている。だから当然バイトが始まる時間も私より一時間遅くて、終わるのも遅い。

だから、帰ってからの電話はほとんどなくなったし、夜はメールが来ないことも多い。

そんな時だから、私はあんまり心配かけないようにしなきゃって思ってる。

うん。だから、もしまた大久保さんから連絡きたら、今度は少しきつく言おう。

 

明日もバイトか。。学校は休みなのに、全然休まらないや。。

学校が落ち着くまでは、シフト減らしてもらおうかな。。そしたら、なるべく恒星の予定に合わせやすくなるし。あぁ、会いたいな。会っていっぱい愛してほしい。。

 

 

日曜日はオフだったけど、私は珍しくお昼近くまで眠っていた。起きた時に、恒星からメールきてないかなってすぐ見たけど、メルマガだけだった。

寂しいから、私から送っちゃった。

【今日、少しでもいいから会えない?】

返信。早いな

【同じことをメールしようとしてた(笑)今、バイトの休憩。15時までだから、それ以降なら何時でもいいよ!公園でいい?】

よかった。。ほっとしたら、ちょっと泣きそうになった。。

恒星も会いたいと思ってくれていてよかった。このまま忘れらないか、不安だった。

恒星は、絶対そんなことしない人だけど。。

 

いつもの公園。

先に行って待ってた。

もう、全然我慢できなかった。恒星を見つけた瞬間に抱きついた。いつものガーネットの香り。。あぁ、落ち着く。。

『大丈夫?ごめん、この間は、言いすぎた。』

「んん、私も。。でも、どうしていいかわからなくて。」

恒星の表情が曇る。

『うん、わかるよ。けど、あまりしつこいなら本当に店長に相談した方がいいよ。』

「うん、そうするね。。」

気まずくなっていく。。話題、変えなきゃ

「そう言えば、大学は、どう?」

『うん、やっぱり楽しいよ!どの講義も、興味あるものばっかりだし。』

「友達は、できた?」

そこは、あんまり心配してないけど。

『うん、クラの女の子と、ピアノの男の子。後、音楽理論の男の子。』

女の子。。ちょっと引っかかった。。なんでだろ。。

『気にしなくて平気だよ、女の子は、彼氏いるって言ってたから』

。。そう言う問題じゃないんだけどな。。まぁ、いいか。

『さぎりは?』

「うん、同じ学科の子が二人。女の子。」

この間会った、片桐君のことは、言わなかった。別に、友達って程親しくないし。

「ねぇ、恒星?」

『ん?』

「私のこと、好き?」

何聞いてんだろ、私。

『好きだよ。知ってるだろう?』

そうなんだけど、何故か聞きたかった。

「もっと好きって言って。。」

『大好きだよ』

ありがと。

「ねぇ、私、次誘われたら、今度こそちゃんと、2度と誘わないでくださいっていって断るから。。」

『うん、ありがとう。』

だから

「離さないで。。」

『うん。』

 

 

 

 

 

別々の学校に通うって、大きな事だと思う。

高校生の頃に想像してたより、ずっと距離が離れてしまった気がする。。

ちゃんとやっていけるかな。。

今は、期待より不安の方が大きくなっちゃったな。。

まだ、指輪をもらって、1ヶ月なのに。。

受験の時だって、連絡取らなかったし、不安だったけど、学校っていう環境は慣れ親しんだ所だったし、なにより、お互いやるべきことがはっきりわかっていた。それに、学校は一緒だったから、恒星の姿を見ることはできた。

でも今は、バイトも始めたばかり、学校も始まったばかり。恒星がいない環境も初めて。友達も少ない。その上バイトにはちょっと不安要素もあるし、恒星とも、やっぱりまだ完全に良い空気に戻れてないと思う。。

なにか一つのことで頭がいっぱいになってるならまだいい。。

でも、今は中々一つのことに集中させてもらえない。

どうしたらいいかわからないのに、一番の相談相手の恒星とはあまり連絡取れないし会えないから、それならせめて、ネガティブな話はしたくないんだ。。だから、しない。でもやっぱり不安は消えなくて。。消してほしいのに、求めることができない。。

これって、我慢なのかな?

本当は、助けてって言ってもいいんじゃないかな?

。。いや、やっぱりできない。恒星は、怒ったりはしないと思うけど、だけど、だからこそ怖い。。いつか、急に愛想尽かされたりしないかなって。。

私は、自分はもっと自立できていると思ってた。でも、最近は特に、全然だめだ。

なにか、ほんの小さな事でもすぐに恒星に逃げようとしてしまっている。

ただ好きなだけなのに、どんどん依存に近づいている気がして怖い。

このままでいたら、きっと恒星は、いつか私を見捨てる気がする。。

そっか、だから私は。。。

今日、改めて恒星に聞いたんだ。。

怖いんだ。不安なんだ。学校のことより、バイトのことより、恒星を失うことが。捨てられてしまう事が。。

絶対そんなことしない人だって、信じているのに。。なんでこんなに怖いんだろ。。

これも全部、別々の学校に通うようになったことだけが原因なんだろうか。。?

 

月曜と火曜もバイトに出た。

大久保さんは話し掛けてこない。なんだか逆に気味が悪かった。

このまま何もないならいいけど、メールが来たり、話しかけられたりするのをずっと怖れているのも嫌。。

なんでなにも悪いことなんてしてないのにこんなにやりにくくならなきゃいけないのよ。

お店も、他のバイトの人も店長だって大好きなのに。。

たった一人のせいで全部壊れてしまいそうで嫌だった。

 

 

 

 

 

 

比較的授業の少ない水曜日。

私はまた、一人だけ空き時間で食堂にいた。すると

『あ、今空きなの?』

この声は。。

「あ、うん。片桐君も?」

『うん。今日は、五限の社会学だけ』

そうなんだ。

『なんだ、また暗い顔してんのか。なに?フラれた?』

ちょっと。なによその言い方。

かなり、嫌悪感が顔に出てしまったみたい。。

『。。そんなに睨むなよ。悪かったって。』

いや、ごめんなさい。

「ごめん。。なさい。」

『いや、俺も悪かった。なんかあるなら、聞こうか?』

「んん、大丈夫。。」

『でもないんじゃないか?この間より暗い顔してるぞ?』

いいの。話しても意味ないから。

『話しても意味ない。か?』

え。なんで

「なんでわかったの?」

恒星みたい。。

『なんとなくだよ。男絡みの話なら、男の俺に話してもいいと思うけどな。まぁ別にいいけど。』

それは、わかるけど。。

 

 

!メール。誰?

【ねぇ、最近俺のこと避けてない?このままだと仕事に支障が出そうで困るんだけど。大久保】

。。。。ほんっとに間が悪い。。避けてますよ。当たり前でしょ。しかも仕事に支障が出るってなによ。そっちがつきまっとってきてるんでしょ!?

どうしよ。。なんでこんな、こんなタイミングで。。なんなの。最近大人しいと思ったらいきなりメールしてきてしかもこっちがわるいみたいに。よくそんなことが言えるわね。悪いのは完全にそっちでしょ!!

『おい、大丈夫か?』

「え?ごめん」

『なにが?別に悪いことしてないけど、すんごい怖い顔してるぞ。なぁ、ここまできたら、話せよ』

そっか。。それもそうか。。私、今自分がどんな顔してるのか想像つかないや。

きっとすごい顔してるんだろうな。。

悲しくて、悔しくて。。悔しい?一体何が悔しいんだろ。。

「あのね。。」

もう無理だ。恒星に話したかったのに、会ったら全然話せなかった。

二人で、一緒に、楽しくいたかったから。。負担にだけはなりたくなくて。

でも、なにもしなければ状況だって変わらないよ。。

もう無理。一人で抱えていられない。

 

またほっぺがくすぐったい。。

視線の先にあるデニムのスカートに濃い染みができてる。。

でも言葉が全然出てこない。。

なにから話したらいいかわからない。

 

 




 

背中があったかい。。あれ?片桐君は?

あ、いつの間に隣にいたんだろ。。背中をさすってくれてるみたい。。

『大丈夫か?ちょっと出よう。ここじゃ、アレだから。』

促されるままに立ち上がって歩き出した。

片桐君が、ずっと肩を抱くようにして付き添ってくれた。

少しずつ落ち着いてきて、私は、何故かとても安心しているような気がしていた。

なんでだろ。。なに?匂い??

そっか、泣いてたから、匂いがわからなかったんだ。

泣き止んで、最初に感じた匂いが、覚えのある物だったから、安心したんだ。。

この香り。。なんだっけ。。

ガーネットとは少し違う、でも似たような香り。。。

そう、そうだ、これは。。。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

パライバ。。?

 

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