卒業-Obverse-3
卒業式の次の日からの三日間が、一番きつかった。
恒星はバイトでいないし。。
私達は国立受験なので、まだ結果が出ていない。
落ちていたら、後期の試験を受けることになる。
勉強しようにも集中できないし、友達も、気遣ってくれたのか誰からも連絡はなく。
仕方がないので新聞と一緒に届いた求人広告を見ていた。
その中でも一際目を引いたのが
【レストラン・ロッソ】
お手軽価格で本格的なイタリアンのお店
ウエイター募集。高校生不可。学生時給900円
週3日~OK
いけるかな?もう卒業だし。どうせ働くなら、ファミレスよりこういうお店がいいな。
駅からも近いし、時給も、中々いいんじゃないでしょうか。
けど、人気高そうだな。
しかも、私の場合入試の結果が出てからじゃないと応募できないし。。
あぁ、どうしよう、またやることなくなっちゃった。
いいやもう、どうせやることないなら、散歩しに行こう。
いつもの公園に行こうかな。
明日はこんなことにならないように予定をいれちゃおう。
早速友達にメールをいれる。
けど、みんな予定があるみたいでダメだった。。
あぁ、私って勉強以外にやることないのかなぁ。
恒星が派遣でどんなバイトをするのかは、結局聞かなかった。
けど、朝から晩まで働いていることは知っていたので、私からは連絡を取らなかった。
でも、せめて、結果発表の前日くらいは電話したいな。。
なんて思っていたら、メールが来た。今は、19時20分。
【残業だった。。今日、少し電話できる?】
辛かったのかな?それなら、聞いてあげなきゃ。
【いいよ。この後なら何時でも大丈夫】
ちょっと心配。。
【ありがとう。多分21時頃になる】
携帯が鳴ったのは、21時ピッタリだった。
「もしもし」
『もしもし』
疲れてる。。かな?
「大丈夫?」
『うん、けど、ちょっとしんどかった』
「そっか。どんな仕事なの?」
『ちょっとわかりにくいんだけど、コンベアから流れてきた本を大きさ毎に分けて箱に詰めていく仕事。一度お店に出て、売れずに返ってきた本なんだって。』
へぇ。それって結構肉体労働なんじゃ。。
「量が多くて辛かったの?」
『まぁ、そうかな』
「そっか。頑張ったね。ほしいものが、あるんだっけ?」
『ありがとう。うん。どうしても、すぐほしいんだ。』
「うん」
『さぎり』
「うん?」
『明日は、電話できるかわからないけど、明後日は、また電話していい?多分、今日くらいの時間』
「いいよ。待ってる。」
『ありがとう。電話できるなら、それまで頑張るよ。もう少し』
その言葉を最後に、恒星は眠ってしまったみたい。
よっぽど疲れてたんだな。。聞こえてるわけないんだけど、私は小声で
「大好きよ」って言って電話を切った。
まだ21時20分くらいだった。
試験結果の前日も、同じ時間に電話が来た。
「もしもし」
『もしもし』
その日の恒星は、元気を取り戻していた。
『大変だったけど、やってみて良かった。世の中にはいろんな仕事があるんだな』
偉かったね。お疲れ様。
『さぎりは、私立は受かってるんだよね?』
うん
「うん。一応ね」
あんまり行きたい大学じゃないけど。。。
『まぁ、二人とも国立に受かればいいけど、行くところがあるのは羨ましいな。』
そっか。そうだよね。
『結果待ちのプレッシャーが怖くてバイトしてたのもあるんだ。』
「そっか。恒星でも、やっぱり怖いんだね。」
『当たり前だろう?受験生なんだから。』
笑いながら言う。恒星は、きっと大丈夫だよ。
『明日の結果、俺からメールするよ』
「え?」
『決めておかないと、お互い連絡するタイミングに迷いそうだから』
まぁ、確かに。
『二人とも合格していたら、なにか美味しい物を食べに行こう。』
「うん。受かってるといいね。」
結果、二人とも合格していた。
そりゃ、あれだけ勉強したんだもん。届かなかったらかなりショックだな(°_°)
恒星に全然会えなくて寂しかったし、勉強はホントに死ぬ気で頑張ったもん。
結果ちゃんと合格できて本当に良かったなぁ、頑張った甲斐があったなぁってしみじみと思い始めたら涙が出てきた。泣いて初めて実感したみたいになって、これまでの辛さとか、これからの大学生活への期待とか、恒星とのこれまでのこととか、そういういろんな記憶が一気に溢れてきた。嗚咽も我慢できないくらいになってきた。どうしよう、泣き止めない。涙が止まらない。自分の努力が報われてこんなに嬉しいのは生まれて初めて。。あぁ、どうしよう、本当に止まらない。。頑張ってよかった。よかったよ。。ね、恒星。
思いっきり泣いて喜んで、落ち着きを取り戻してからはかなり忙しかった。
両親や、学校の先生、予備校への連絡。それに親戚って言ってもおばぁちゃんくらいだけど。あとは、既に受験を終えていた友達にも。片っ端から連絡した。すごく大変だったけど、ちゃんと合格できたってことを、なるべく多くの人に伝えたかった。この時だけは私、ちょっと浮かれていたかも。。でもいいよね、頑張ったもん。私。
もちろん恒星とも話しました。っていうか、会いました。
いつもの公園のベンチ、今日は珍しく私が先にいた。
それもそのはず。大学は恒星の方が遠いから。
私は、恒星が茨城大を受けると聞いた時、すごく不安になった。もしかしたら、一人暮らしするんじゃないかって。
いや、一人暮らし自体は全然いいんだけど、大学の近くに引っ越してしまったら、あんまり会えなくなるから。それが不安だった。
でも、ちょっと遠いけど通うって言ってから、安心。そりゃ、恒星は大変だと思うけれど、少なくとも、離れて暮らすよりは会えると思うから。
普段から大変な分、私が支えてあげたいって思ったんだ。
『おまたせ』
わっ!びっくりした(°_°)
思わず立ち上がる。
「んん。私も、今きたところ」
嘘。大学を出てそのまま向かったから、実は1時間くらい待ってた。
とにかく、会いたくて、じっとしていられなかった。
『合格、おめでとう。』
いきなり抱きしめてくれた。
安心する。あ、ガーネットの香り。。
『これで、来月から大学生だ。二人とも。』
声、震えてる。
「うん、合格、おめでとう。」
恒星が、静かに泣き出した。
私の前で泣いたの、初めてかも。。あぁ、でも告白してくれた時も。。
『ありがとう。さぎりがいなかったら、俺は合格できなかった』
そんなことないよ。
「恒星は頭いいもん、きっと一人でも大丈夫だったと思うよ。でも、ありがとう。そう言ってくれると、嬉しいよ」
私は、恒星の頭を抱えるみたいにして、撫でていた。不安だったんだなぁ。そりゃそうだよね、国立一本だもんね。すごいよ、かっこいいよ。私の自慢の彼氏だよ。
「大好き」
『俺もだ。絶対に、離さない。来月から、別の学校だけど、絶対。』
うん、ありがと。
「私も離さないよ。絶対。」
暖かいな。恒星。
別々の学校だけど、私達はきっと大丈夫。
お互いの暖かさを知っているから。だから、大丈夫だよね。
大学も決まったしってことで、私は例のレストランの求人に応募してみようと思った。
ちょっと日が空いてしまったので、もうだめかなーと思ったけど、まだ大丈夫だったみたい。次の日に面接をしていただけることになった。
バイトの面接が初めての私は、もっと、志望動機とか、そう言うことを聞かれる受験みたいな面接かと思っていた。全然違ったけど。笑
具体的に週に何日入れるか、とか、時間は何時〜何時を希望するか、とか、そう言うことだけ。後は、人と話すことは好きですか?って聞かれたくらいだった。
結果は後日連絡をいただけるとのこと。
でも、面接してくれた男の人が、割と柔らかい雰囲気の落ち着いた人で、んー、いくつくらいかな?30代、半ばくらい?で、話しやすくて安心した。どうやらその人が店長のようで。よかった。
次の日には連絡をいただいて、バイトを始めることになった。
私が希望した夕方からの時間は、とても混雑して大変なので、最初の2日間は、お昼のピークを過ぎた14時から17時までということになった。
。。そこだけは、恒星と会う約束を破ってしまった。。ごめんね。。恒星は約束にはきっちりした人だから、さすがに少し不機嫌になってしまった。。
少しでも会えたらと思ったんだけど、恒星もバイトが決まったみたいで、私とはちょうど入れ替わりで出るみたい。。バイト先は、例のホームセンターらしい。
そもそもホームセンターって、そんなに遅くまでやってるのか疑問だったけど、恒星が入ったところは資材館というのがあって、そこは夜10時までやってるみたい。
なんか、バイト先一つとっても本当に色々だなぁ。。大丈夫かな?上手くやっていけるかなぁ。。
元々全然ケンカのない私達だから、今回みたいに少し不機嫌にさせてしまっただけでもすごく気になった。
だから、記念日の日にはまずちゃんと謝った。
「この間はごめんね。。約束してたのに。」
本当、反省してる。でも入ったばかりだから、出られないとは言えなくて。。
『んん、大丈夫。結局は、俺もバイトになっちゃったしな。それよりさ、気にしなくていいから今日を思いっきり楽しもうよ!!』
ありがとう。相変わらず優しいね。。
「うん、ありがとう!」
その日のデートの最初の行先は池袋の大きなビル内にある水族館だった。
ビルの中に水族館?って思ったけど、行ってみたらそこまで規模は大きくないけど面白かった!!
お昼は、水族館から少し離れたところにある小さめのビルに入ってるお洒落なレストランで食べて、恒星が一目見ておきたいというので、東京芸術劇場を見て、駅内の西部でウィンドゥショッピング。
最後にお茶して、遅くなるといけないから今日はもう帰ろうってなった。
意外な程早い時間だったから、ちょっとびっくりしたけど、きっと、恒星も疲れてるんだなって思ったら無理は言えなかった。。でも。。
最寄りに着く、本当に少し前。前の駅を出てすぐくらいのタイミングで
『さぎり、まだ時間大丈夫?』
え?全然余裕だけど。。
「大丈夫だよ?」
『そうか。少しでいいから、ハーベストに行かないか?』
え?ハーベスト?
「いいけど、どうしたの?」
『ん、行けばわかるよ。』
。。。はい?
あ。ひょっとして、告白してくれたところに行こうとしてるの?
でも。。なんで??
まぁ、いいか、きっとなにか考えがあるんだね!
なんて考えてたら、やっぱり向かってる先は例の電気屋さんの駐車場みたい。。
あ、そっか。。この時間は。。あの日とちょうど同じくらいなんだ。
『さぎり。ちょっと話がある。』
やけに真剣。。ちょっと怖いくらい。。
「うん。」
『ここで告白したのも、ちょうどこのくらいの時間だったな。あれからもう、二年だね。』
「うん。」
どうしたの??
『一年の時は、あんまり特別なお祝いをできなくてごめん。』
「そんなの、気にしてないよ?それに、記念日は二人のものでしょう?」
『うん。だけど、今回はちゃんとお祝いをしたかったんだ。その為には、どうしてもすぐにお金が必要で、それで派遣に出た。』
そうだったんだ。じゃ、欲しいものって。。?
『さぎりにこれを、受け取ってほしい。』
そう言って恒星が取り出したのは、薄いピンク色のクロスで包まれた、小さな箱だった。
これって!!
「え、これって。。」
やばい、やばいやばい。やばいやばいやばいやばい。。箱の中を見る前からもう泣きそう。。
『うん。』
恒星がそう言って箱を開けてくれた。
中には、シルバーの指輪が二つ。リングは、2本のシルバーを重ねたようになっていて、中心には綺麗な透明の石が入っていた。もう一つのリングは、全体的に少し大きくて、石が黒だった。
あれ?急に指輪がボヤけて見えにくい。。
それに、ほっぺがくすぐったい。。
私、泣いてる。。
『泣くことないだろ?』
恒星が、優しく笑ってくれている。
視界がボヤけても、それだけはわかった。
「だって、だってぇ。。」
頭の上に、手が乗せられた。
恒星の手、こんなに大きかったっけ。。??
『さぎりに似合いそうな指輪を、一生懸命探したんだ。』
うん、うん。
『この指輪を見つけた時、すぐにこれだ!って思った。さぎりを好きになった時の気持ちに似てて、その瞬間には、もう決まってたよ』
恒星って、なんて素敵な人なんだろう。。
私は、思わず抱きついた。
「ね、大好きだよ!ありがとね!バイト、大変だったのに、ありがとね!」
頑張ってここまで言ったらもう涙が止まらなかった。愛しくてたまらなくなった。
好き。大好き。もう大好きが止まらない。。
『ありがとう。こんなに喜んでくれると思わなかったよ。』
当たり前でしょ!?指輪なんて、カップルの象徴みたいなもんだよ!?
それを恒星とお揃いで着けられるなんて、こんな幸せなことないんだよ!?
思っても、言葉にならない。伝えたいのに、言うことを聞かない体がもどかしい。。
あぁ、本当に幸せ。。絶対に離さないからね。。
ずっとずっと、大好きよ。。
夕日が沈むのを見て、私達は歩き出した。
今まではなかったお揃いの指輪を着けて。
私は初めて着けた指輪の感触と、綺麗な石が誇らしくて、何度も自分の左手を見た。
そう言えば。。
「ねぇ、どうして私の指のサイズがわかったの?」
『あぁ、それはね、』
「それは?」
『秘密。』
なんでよ!
「なんでよ!」
すっごい久しぶりの意地悪。。でも悪い気はしなかった。
『嘘だよ。香水買いに行った時だよ。雑貨屋さんで、指輪を手に取ったでしょ?』
そう言えば。。あの時恒星は、『指輪とかは着けないの?』って言って売り場にあったリングをいくつか私に着けてくれた。。
そっか。、あれは指のサイズを見てたんだ。。
『あの時、着けたリングのサイズをさぎりに見られないようにチェックしてたんだ。香水が欲しかったのは本当だけど、一番の目的は、指のサイズだった』
すごいな。。恒星って、いったいどのくらい先まで見通してるんだろう。。
私に似合いそうな指輪を探して、指のサイズを測って、お金を稼いで。。私のために、時間もお金も、こんなに沢山使ってくれて。。
ありがとう。私、恒星から大切な物を沢山もらってるね。
でも、もらうばっかりじゃないから。ちゃんと、少しずつでも、返していくからね。
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