第3話 俺の存在価値。
2019年6月20日。
零と碧と出会ってから2か月が経った。
零は最初は乗り気じゃなかったみたいだけど、今では連絡先も家の住所も全部問いただした。もちろん碧もね。
でも、結構疲れるな。
いつでも明るい、笑顔の人はこんな辛い気持ちだったのか。それとも俺だけ?
「ねえ、紡。最近ぼーっとしてない?」
明るい声が俺に向けて放たれた。後ろの碧だ。
「いや、大丈夫だよ。ちょっと考え事してただけ。」
「紡が考え事なんて珍しい。頑張りすぎんなよ。」
「うん。ありがと。」
そう答えるとチャイムが鳴り、授業が始まった。
「はい、今日は新しい単元、虚数やっていきます・・。」
数学の先生が話し始めていく。
どうしてだろうな。零はあいつに似てる。性別も違うのに。
だから近づいた。もしかしたら、あいつと同じような境遇の人なんじゃないかと思ってしまった。
俺が助けるなんて、言える立場じゃない。
俺はあいつを見捨てたのに。
俺はあいつを殺したのに。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
もうやめにしよう。
こんなことを考えるのはやめよう。
悪い方向にに引っ張られてしまう。
俺は先生の授業に耳を傾ける。
「まず、虚数とは何か。
虚数とは実際に存在していない数のことで・・・。」
カチャカチャ、と黒板に書かれる文字。
虚数。実際に存在しない数。
俺ももしかしたら、実際に存在していないかもしれない。
俺に価値はない。
ふと、あの日のようなー。
爽やかで春のにおいがする風が俺の短い髪を揺らした。
※
チャイムが鳴った。数学の時間の終わりを告げる。
今日はあと一時間。次は日本史か。
授業の準備をしてただただぼーっとしていた。
「零、疲れてんの?」
と、おどけたように紡が話しかけてきた。碧も後ろにいる。
「疲れてるよ。紡と碧もでしょ?」
「ま、そりゃ、そうだよ。今日は金曜だもん。」
今日は金曜か。じゃ、今日は帰ってきたんだろうな。
あの人が。
「ね、零と碧。明日さどっか遊びに行かない?」
「あれ、初めてだね。お誘いなんて。」
遊びに行く、そんな経験があるわけもない。
遊びに行って何か楽しいのだろうか。
「ま、俺は大丈夫だよ。零は?」
「あー、自分、遊びに行ったことなんてないんだよね。
どうすればいいの?」
「そんな身構えることないよ。俺たちと一緒にどっか行って、好きなように遊んでくるだけ。」
ハハハ、と軽く笑う紡と碧。
「ふーん。」
興味なさそうな声で返事した。
「行ったことなくてもいいからさ。僕たちとどっか行こうよ。どっか行ってみたいとこない?」
碧が優しく問いかけてきた。
「うーん、あんまり遊びに行ったことないんだよね。1人でも。場所についてもあんまり知らないんだよね。」
「あ、そうなんだね。じゃ、俺たちのお任せでいい?」
「いや、待って、紡。零は明日大丈夫なの?
予定ないの?」
「いや、予定はないけどさ・・・。」
俺はそんなに乗り気じゃなかった。
だけど・・・。
「やった!ほらほら、予定ないって!!」
興奮気味に紡が言い、碧の肩をバシバシ叩く。
本当に小学生か中学生みたいだ。
それに反して冷静な碧。
「わかったわかった、叩くなって。で、零は?嫌じゃない?僕たちと一緒に遊びに行くこと。」
「いや、嫌って程じゃないけど・・・。」
嫌なわけでもないけど、いいわけでもない。
そんな気持ちはどう表せばいいのか。
「ほらほら、嫌じゃないってさ!いいじゃん、いいじゃん。どこ行く?」
紡が半ば強引に話を進める。
紡は明るい。俺と大違い。
だけど時々、紡もぼーっとしてしている事がある。
後ろで深いため息をついていることもあった。
俺が後ろを振り返っても、いつもみたいに「どしたの?」って笑いながら聞いてこなかったことも。
ってか、前を向いてたのに俺に気づいてなかった。
紡が碧と楽しく話しているのを見ながらふと考えた。
いや、でも紡も疲れてるんだろな。
別に俺が詮索することも、必要もない。
「ね、零はさ、カラオケとか行ったことあるの?」
当人、紡が元気に話しかけてくる。
この元気さを見てるとあの悩んでいる顔は嘘のようだ。
うん、きっとそうだ。たまたまだ。
「ん?どうした?零?」
「あ、ごめん。カラオケはあんま行ったことないな。」
「じゃ、いいじゃん、いいじゃん!久しぶりに行こうよ!俺たちと一緒に!」
「零、どうかな?一緒に行かない?歌わなくても・・。」
急に碧が小声になり耳元で、
「紡がきっと大熱唱するよ。」
笑いを含んだ声が聞こえた。
まあ、きっとそうだろう。いつものあの様子を見てると紡は大熱唱するタイプだろう。明るい人だしね。
「うん、確かに。」
「うん?なんか2人で話してた?」
「「いや、何でもない。」」
俺と碧の声が見事すぎるほどピッタリ重なった。
「いや、そんなピッタリなるの絶対なんか話してたでしょ!なーに話してたの?」
「別に大した話じゃないよ。」
「へー。ま、いいや。でで?カラオケ行く?行かない?」
初めて会った日みたいな押しの強さで言う。
そして俺はあの日みたいにまた了承してしまう。
「あ、うん。歌ってるのを聞いてるだけなら・・。」
「え-!1曲くらいは歌ってよー?ま、無理強いはしないけど・・・。」
紡は押しの強いところがあるけど、無理強いをしないという優しさがあったりする。
「お、零もいいの?よーし、じゃ、明日は駅近くのカラオケに待ち合わせでいいかな?」
しっかりしている碧は待ち合わせ場所を決める。
「いいよー!」
「うん。」
いつもはギリギリの生活だけど、確か今日は収入がある日だ。収入という言葉が合っているのか分からないが。
キーンコーンカーンコーンとチャイムが鳴った。
紡と碧は急いで自分たちの席に戻っていった。
「はーい、授業始めます。号令お願い。」・・・。
※
「ただいまー。」
誰もいないけど、もしかしたら誰かいるんじゃないかって。そんな希望をまだ捨てきれずにいる。
家に入るといつもは何も置いてない机に封筒が置いてある。俺はいつもの如く、封筒の中身を確認する。
1万円札が2枚。それに残金3000円。
合わせて2万3000円。
最初のころはまだ手紙が置いてあったけど、もう半年近く経ってるから手紙はない。
明日のカラオケ代もきっと賄えるだろう。お金のやりくりを頑張らねば。
スーパーの特売の日は明後日。
冷蔵庫の中身を見る。
明後日までの食料は何とか間に合いそうだ。
ソフアーに腰掛けて一息。
ついに友達ができて一緒に出掛ける日が明日だとは。
人生何が起きるかわからないな・・。
でも俺は紡と碧のことを完全に信頼していない。
俺は5年前のことをまだ引きずってしまう。
あいつらが俺にしたことを今度は紡と碧がしてくるのではないだろうか、って。
疑いたくない。俺だって紡と碧を信じたい。
だけど、あいつらも紡と碧に似てた。出会いが。
最初は仲良くしてくれたけど・・。
あいつらを信用して言ってしまった、それを今でも後悔してる。だから紡と碧には言わない。絶対に。
もしも俺と真剣に友達としていたいと思っていたとしても。
どうしても、あいつらと重ねてしまう。
ごめん、紡、碧。
友達としていてくれているなら。
零が一になるまで。 紫陽(しゅう) @love_novel_syuu
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