第2話  出会い

零は笑った。

それは諦観の笑みなのか。

はたまた、心の底からの笑いなのか。

それは零にしか分からない。


              ※


2019年4月9日。

「今日から2年3組の担任を受け持つことになった、多賀悠です。皆さんが楽しんで思い出を作れるように協力していきたいと思います。お願いします。」

新しく担任になった教師の挨拶をぼんやり聞きながら、俺は窓の外の景色を眺める。俺はいつも出席番号が後ろだ。この辺りの地域は出席番号が苗字のあいうえお順で決まる。そして席は1年間そのクラスが終わるまで変わらないのだ。

俺の名前ー和村零わむられいは「和田」よりも「渡辺」よりも後ろの苗字。この二大トップの苗字を超すのはなかなかいないだろうと自分自身でそう思っていた。俺より後ろの出席番号になる奴などいないのだろうと。

だが、今年、人生で初めて俺の後ろになる者が現れた。名簿を見た時驚いた。しかも2人も。

そいつらの名は、和谷紡わやつむぎ割沢碧わりさわあおだ。2人とはまだ話したことはない。後ろの席にいるとはいえ、1年で同じクラスになったことはなかった。なんせ、この学年は6クラス。同じクラスになること自体が難しいこと。存在すること自体知らなかった。まあ、当たり前か。ずっと友達なんていなかったし。そんなことを1人思っていると、ふと担任の声が聞こえた。

「はい、それじゃ、クラスの皆さんのお名前呼んでいきますので読みが間違っていたりする場合は教えて下さいね。」

なんて馬鹿らしい。もう高校生だよ?小学生じゃないんだから、読みくらいそっちで確認して。この教師は生徒と積極的にコミュニケーションをとることを大切にしているのか。きっとそういうタイプなんだろう。めんどくさいが仕方ない。どうせ最後の方だ。

「それじゃ、最初から。阿見蓮あみれいさん、伊丹逢いたみあいさん・・・・。」

呼ばれるとはい、はい、と返事をする前の方の人たち。

クラス人数は25人。一般よりも人数は少ない方だと思う。だからか順番が回ってきたのは結構すぐだった。

「・・・和村零さん。」

「はい。」

たった一秒で終わる応答。これになんの必要性があるのか。

「和たに紡さん。」

「あっ、先生!「わたに」じゃなくて「わや」です!わやつむぎ!」

そう元気に答える後ろの席の和谷紡。

周囲から笑いが起きたが、その笑いの輪に俺は加わることはない。担任に向かってこんなに楽観的に返事をするか?そう俺は直感的に思った。だが、思い返してみれば担任も担任だ。俺の苗字は「わむら」。だから当然の如く、「わむら」よりも順が遅い苗字ではないといけない。その時点で「わたに」は有り得ない。こんなことは小学生でもわかると思うが。本当に馬鹿なのか。

「あ、ごめんなさい。直感的に「わたに」さんかと・・・。{わや}さんですね。教えてくれてありがとう。それでは最後に・・。割沢あおいさん。」

「あー、すいません先生。「あおい」ではなく、「あお」です。」

「あ、ごめんなさい。「わりさわあお」さんでしたか。」

周囲から「またかよ-!」みたいな声が聞こえた。所々笑いが聞こえる。俺はまた仏頂面で小さくため息をつく。笑えるような話ではないと。まだ俺たちは高校生だがあと2年も経てば大学生、又は社会人になる。でもいずれは社会人になるのが宿命だ。その時に先方の名前を間違えるとなるとかなり失礼になる。担任はきっとそのような苦労をしていないのか。まだ若そうだから仕方ないような気がする。・・・、って俺の方が若かったか。なんてくだらないことを一人考えていた。暇だな。俺。

「ごめんなさい、間違えてしまった方がいましたが、みなさんの声を聞くことができてよかったです。あ、もうホームルームの時間が終わりますね。少し早いですが、先に終わりましょう。10分後に着席してくださいね。次の時間は教科書を配ります。それでは号令お願いします。」

起立、礼、着席ー。

やる気のない日直の声が聞こえ、一気に教室がざわめく。

友達作りに忙しそうな奴ら。もともと仲がいい友達と同じクラスになれて喜ぶ女子。すぐに友達を作りそうな明るい奴らがこのクラスに多いんだろうな。俺は今年も友達は作らない。声をかける奴も、かけてくれるような奴もいないのだから。

「ねえ、ねえ。」

どうせ友達0人でも困らないし。

「ね、そこの君ってば。」

高校を2年後に卒業したら、もう時間もないし。

「ね、だからっ、そこの君って!」

肩をバシバシ叩かれた。さっきから近くで人を呼ぶ声が聞こえていると思っていたが、まさか自分に向けられたものとは思わなかった。

「え、自分ですか?」

「うん、そうだよ。てかなんで敬語なの?同級生なんだからタメ語でいいよ。」

「あ、うん。なんの用で?」

「え、君と友達になりたいんだけど。」

こいつは後ろのなんだっけ・・。あ、そうだ、そうだ。和谷紡だ。

いや、待て。俺と友達になりたいって?

「あの、、。自分と友達になっても楽しくないと思うし、、。友達がいたことないんで。」

「なら僕が初めての友達になるよ。それに楽しいか楽しくないかは僕が決めることだしさ。」

「いや、でも、、。」

「もういいじゃん、難しいこと考えんの嫌いだし。とにかく友達なってよ。」

めんどくさい奴だな。その一言に尽きる。

なにせ、ずっと友達がいなかったんだ。友達との付き合い方なんて忘れたし、友達がいたところで何になる?

どう断るか悩んでいると、

「あのー、お二人さん。」

別の声が聞こえた。和谷紡でも、もちろん俺でもない。

「なに?あ、君、僕の後ろの割沢・・碧くんだっけ?どしたの?」

和谷紡が即座に反応する。

「いや、俺も仲間に入れてくれないかなーって。」

「あ、いいよ。下の名前でいいよね?僕のことも下の名前でいいからさ。」

「じゃ、そういうことで。これからお願いします。紡。」

「ほい、よろしく。碧。」

ちょい待て。なんか俺の前で勝手に話が進められているんだが。

「ってことで、文句ないよね?碧もこの仲良しグループに入ることが決定したよ!もちろん、、。このグループに入るよね?零?」

押しが強い。てか、まだ下の名前で呼ぶ許可出してないぞ。

「零でいいんだね?はじめまして、碧です。先ほど紡と話してる時に聞こえたんだけど、友達になっても楽しくないと思うって。でもさ、一緒にいて楽しくないって思うような人には友達になってって普通言わないよ。紡は零と一緒にいて楽しそうだなって思ったから友達になろうって言ったんだよね?」

「うん。そうだよ。」

「でしょ?その思いは俺も一緒。だからさ、俺たちと友達なんない?」

そんなこと言ったって・・・。

無理だ。だって・・・。俺はさ、、、。

「あー、哲学的な話嫌いだわ、、。もう!零は僕らの友達。もう決定事項。今から僕たちのことは下の名前で呼ぶこと。困ったことは何でも相談すること。協力して生きていくこと。いい?零、碧。」

しびれを切らしたのか、和谷紡が声高々に宣言した。

「オッケー!いいよ。ほら零も。」

割沢碧も乗っかってきた。

え、ここで断ったらすごい嫌な人じゃない?

そう思ってしまい、

「あ、うん・・・。」

と答えてしまった。すると、和谷紡、、。いや、紡が満足そうに、「よし、これで解決!改めてこれからよろしく。零、碧。」

と言った。碧が「うん。」と答え、俺が頷いたところでチャイムが鳴り、担任が入ってきた。


     ※


「ただいまー。」

誰もいない家に反響される俺の声。

今日は色んな事があったな。友達、、。できたのかな?だけど、結局友達なんて幻想だ。最後は裏切られて終わるもの。

あの時もそうだったじゃないか。そうだ、そうだよ。あいつらのように・・。裏切られるんだから・・・。俺には何にもないんだ。

名前の通り、俺は零、0だ。よく0,1ならまだ復活できるとかなんとか、そんなことが綴られている詩がある。最初は確かに、って思ったっけ。でも今の俺は0だ。もう復活できない。復活できる見込みがないのだ。もう0,1にも、0,01にも、0,001にもなれない。

そんな俺には生きる価値なんて、ないのだから。

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