懐中電灯が見つからない

塔山森山

大雨洪水警報中

『大雨洪水警報が出ています。不要不急の外出は控えてください。』


テレビがひっきりなしに大雨情報を伝えている。


幸いこの地域に避難命令は出ていないが、昼過ぎからずっと雨が降り止まない。雨脚は強まるばかりで、日が落ちてからは、豪雨に変わった。


美紀と隆は、夕食も終わり、テーブルに座って一息ついていた。


「昨日引っ越したばかりで、この大雨とはね。」

隆はウンザリだと感情を込めて、妻の美紀に愚痴をこぼした。


「隆は昔から雨男だもんね。」

「いや、ちょっと待て、昨日は雨じゃなかったろ?!」

からかうように美紀が言うと、隆は少し怒ったそぶりを見せた。


「それにしても、今日は雨すごいね、少し怖い。」

「まぁこんな雨じゃ誰でも怖くなるよ。」


ドラムビートのように、雨がマンションの壁をたたきつける。確かにこれは不気味だ。自分の肩を抱きすくめ怖がる妻に、優しい言葉をかける夫。いや、かけたつもりの夫。


「ねぇ隆、明日会社休めない?私も休むから。」

「転勤早々無茶言うなよ。」

「ラジオとか懐中電灯とか用意しといた方がいいのかなぁ。」

「そうだな、お茶を飲み終わったら、持ってくるよ。」


雨足は更に強くなってきた。


『明日の天気は、、』プツッ!


テレビの音と一緒に、ふっと明かりが消えてしまった。

真っ暗闇。

遠くで救急車のサイレンが鳴っていた。


「ほらー、だから言ったじゃない!」

「言ったじゃない、ってお前、、、」


にしても、困ったぁ、隆は独り言した。

明かりは手元にない。懐中電灯が必要なのは間違いない。


「美紀、懐中電灯、どこにあったっけ。」

「たしか、玄関に置いた段ボール箱に入れてたと思う。」

「リビングからは少し遠いな。」

「私、怖いし、隆の方が近いから、取ってきてよ。」

「えぇー」


、、、とはいいつつ、こういう時に取り行くのは、夫の役目。というルールがあったような、なかったような。


「分かったよ、取ってくるよ。」


隆はゆっくりと椅子から立ち上がった。まだ目が暗さに慣れていない。ゾンビのように手を前に差し出しながら、隆はすり足で玄関に向かって歩き出した。


ガッ!


「っつ、、痛ってー!」

「た、隆?!大丈夫?ど、どうしたの?」

「、、小指を何かにぶつけた、、、あぁー痛てー」

「あぁ、、痛いよね、段ボール?」

「あぁ、段ボールみたいだ。早く片付ければよかったよ、、」


隆は片付けをサボった2時間前の自分に後悔した。

しばらく痛がった後、隆はまた歩き出した。今度は足をぶつけないようにゆっくりと、だが普通の足取りで。少し暗さに目が慣れてきたので、段ボール箱はなんとか避けられる。



プチッ!


「、、まっ、くっ!、痛、、、!」

「えっ?何?また何かぶつかったの?」

「、、、ふ、踏んだ、、、なんか小さいもの。」


すり足のままだったら踏まなかったのに、、、隆は数十秒前の自分に後悔した。


「え、何が落ちてたの?」

「ん、、んーと、よく見えないけど、小さくて、丸くて??何だこれ。」

「あー!!!」

隆の声に美紀が大声で反応した。


「それ!私が今日落としたピアス!」

「え、そうなの?」

「手が滑って落とし後、見つからなかったのよぅ~。」

「あー、確かにピアスだわ、これ。」


でしょ~?!と自信満々に美紀。

それより俺のことを心配してくれよと多少不満気な隆。声には出さないけど。


「また失くしたら困るから、持っといて?」

「、、分かったよ、、、」

隆はピアスを拾ってポケットに突っ込むと、玄関に向かって歩き始めた。



ボクッ!ガチャ!


「ちょっと、また何かぶつかったの?」

「あぁ、なんかでかいのがぶつかった。痛くはないけど。」

「、、、んー、その辺りにあって、その音、でかくて、痛くない、、、とくれば、、、」


美紀が、んー、としばらく時間を置いた後、、、


掃除機!ズビシッ!

正解!ピンポン!ピンポン!

「やったー!」


なんか効果音が入ったような気がした。きっと雨音と救急車の空耳だ。



「ねぇねぇ隆、次は何にぶつかるの?」

「奥様?おれがぶつかるのを期待してません?」

「司会者の隆さん、次は、逆転ジャンプアップ問題ですね?」

「クイズじゃないっての。」


隆はまた歩き始めた。玄関まであと少し。



カツン!


「ちょっと待って!まだ言わないで!ノーヒントで!」

「はい、はい」

「今、お風呂場付近よね、、、んー分からないけど!液体洗剤!」

「ブブー!はずれー!」

「あぁーもぉー!!ヒントヒント!」

「えぇーどーしよーかなー」

「スーパータカシくん付けるから!」


あら、それはヒントを出さなければ、ね。


「大きさは、手で持てる程度、少し楕円形で、穴が開いています。」

「あーーー!分かったーー!!自転車のメット!しかも私の!」

「ピンポン!ピンポン!」

「スーパータカシ君、付けたかいがあったわね。」

「美紀さん、全問正解ですねぇ。」


自信満々嬉しそうな声。今明かりがあったら、きっと美紀の貴重なドヤ顔が拝めたことだろう。


隆はようやく玄関についた。

それっぽい段ボール箱を開けるが、懐中電灯がない。きちんと整理してしまっておくべきだったと1週間前のずぼらな自分に隆は後悔した。


「ねぇ美紀ぃ~、今、玄関着いたけど、ないよ?懐中電灯。」

「えぇー!うそー!」

「嘘じゃないよ。そういえば、今日大雨で、怖いからってキッチンに持っていってなかった?」

「あぁごめん、ごめん。そうだったかも。私取ってくるね。」


えっとー、、怖いんじゃなかったの?


美紀はゆっくりとリビングからキッチンに移動した。

同時に、隆はゆっくりと来た道をリビングに戻り始めた。


ガサゴソ、、、


「んー、どこに置いたっけなぁ。」

「美紀ぃ~、無さそう?」

美紀は探し始めたが、どうやらどこに置いたか忘れたらしい。


「あっ、あった。」

「えー、俺にはクイズ出してくれないの?」

「期待してたの?」


そういうわけではありませんが、、、


「ん?あれ、でも電源がつかない、、、スイッチが、、」

「電池切れ?」

「分かんない。」


フッ・・


『、、、各地域で停電が発生しています、、、』


明かりがついた。テレビも再開した。どうやら一時的な停電だったようだ。


リビングからの帰りは何にもぶつからなかった。

リビングに戻ると、キッチンに呆然と突っ立っている美紀がいた。


「美紀、、、それって、、、」

「んー、これ、、」


美紀の右手には、包丁が握られていた。電気がつくはずもない。


「隆、いや、これは、、、」

「ブブーッ!不正解!残念ながら。全て没収です!」

「えー、そんな殺生なぁ、司会者の隆さ〜ん。」


『大雨洪水警報が出ています。がけ崩れにご注意ください。』

朝まで雨は強く降り続くようだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

懐中電灯が見つからない 塔山森山 @toyo-toyo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ