第10話

「うちのヤシダが大きな声を上げるのが聞こえたものですから、何事かと…」


「あなたがハワー支局長ですか?私はツカサと言います。本日は、この二人の保護給付の申請書の提出に伺いました」


 ハワー支局長は大変物腰の柔らかそうな人で、ヤシダとは正反対だ。支局長の登場で、ヤシダはすっかり黙り込む。


「そうでしたか、分かりました。私が責任をもってお預かりいたしましょう」


 支局長に資料を手渡した時、そこに書かれている名前を見て、支局長は疑問の声を上げた。


「…確かこのお二人は、前にも給付をお受けになっておられたはず…いつの間に打ち切りに…?」


「ええ、私もそのことでお話が。ねえヤシダさん?」


 そーーっとその場を離れようとするヤシダにくぎを刺す。さぁ、反撃の時間だ。


「ヤシダ、まさかあんたはハワー支局長に話を通さず、勝手に給付を打ち切ったんじゃないのか?」


 俺の言葉に、いよいよ感情を爆発させるヤシダ。


「ば、馬鹿なことを言うなああ!!私がそのような事、するはずがない!!」


「そうかぁ?突然給付を打ち切られたのはこの二人だけじゃなく、他にも大勢いるそうじゃないか。しかもその担当者はすべてお前だ。偶然とは思えないよなぁ」


 ヤシダに詰め寄る俺に、支局長が冷静に言葉を発する。


「ツ、ツカサさん?いったいどこでそのような情報を…?」


--一昨日の夜--


 …あのおじさんも、ゴミ拾い中だろうか?情報収集がてら、話しかけてみるか…


「おじさん、なにかいいものありましたか?」


 俺が話しかけたのは、中年くらいの男性だった。彼は少し笑いながら、俺に返事をしてくれた。


「ん?、なんだ、兄ちゃんも宝探しか?」


「ええ、まあ」

 

 そう答えた俺に、おじさんは俺が想像もしていなかった言葉を投げかけてきた。


「なんだ、兄ちゃんもヤシダに給付を切られた身か。お前も大変だな」


「…ヤシダ?給付を切られた?」


「…なんだ、兄ちゃんゴミあさりしてるくせに知らないのか?」


 話について行けない俺に、おじさんは現状の説明を始めた。


「最近、民生局の給付担当者が変わってな。そいつがヤシダって男なんだが、こいつがなかなかの悪党だって話だ…」


「…悪党とは?」


「…これはただの噂なんだが、あの男、支局長の許可も得ずに勝手に給付を打ち切って、あげく浮いた給付金を自分の懐に入れてるって話だ…」


 …なんて話だ。つまり、二人への給付を一方的に打ち切った担当者って言うのはヤシダという男で、しかもそいつは本来二人が受け取るはずだったものを勝手に奪っていった…という事なのか…

 …冗談じゃない…冗談じゃない!!

 怒りの感情が体の中で渦巻くが、おじさんはそれを察したのか、俺に忠告の言葉をかける。


「だが、あくまで噂だ。いろんなやつがあの男に突然給付を切られたのは事実だが、それ以上はなんの証拠もねえ」


 証拠…証拠…必ずどこかにあるはずだ…奴を地獄に突き落とす証拠が…

 俺は頭をフル回転させ、手立てを考える。


「…なぁおじさん、みんな給付を切られて、はいそうですかと立ち去ったわけじゃないよな?きっとみんな、何度も何度も局に通ったんじゃないか?」


 俯き低いトーンで疑問を投げる俺に、じいさんも淡々と答える。


「当たり前だ。だが何度言っても、うまーくみんなあしらわれた…」


「その時、ヤシダになにか変な動きはなかったか?何でもいいんだが…」


 じいさんはうーんと考え、ある疑念を教えてくれた。


「…怪しいというか気持ち悪いのは、あいつは暇な時間になんか眺めてにやにやしてんだよ」


「なんか眺めてる?」


「ああ。…手帳くらいのサイズだったかな…胸ポケットからそれ出して、なーんかにやにやしては、また胸にしまっての繰り返しだ。全く気色悪い」


…手帳くらいのサイズ…眺めてにやにやしている…持ち運んでいる…どこにも置いておけない物…誰にも見られてはいけない物…


 っまさか!!!!


----


「ぷ、ぷはははははははは!!!!!!」


 俺の話を聞き終えたヤシダは、盛大に大声を上げる。


「聞きましたか支局長!!!こいつらそんなただの噂話で、私をはめようとしてるんですよ!!!全く信じられない!!!!」


 その流れのままに、ヤシダは続ける。


「そもそも、打ち切りの判断だって私の独断なんかじゃない!!事前に私の下で精査し、最終的に支局長の元へ持ち運ぼうと考えていただけだ!!」


「私は何も問題行為などしていない!!おまえらが勝手に言うようなこととは、無関係なんだよおおおおお!!!!!」


 …ヤシダはすっきりしたのか、再び気持ちの悪い笑顔へと戻る。


「…そうでしたか。では最後に、確認だけさせていただきたい」


 さあ、いよいよとどめの時間だ。


「か、確認だと…」


「あなたの左胸ポケットに入っているものを、見せていただけますか?」


「!?」


 ここから見てもわかるほどに、ヤシダは冷や汗をかいている。その存在に気づかれているとは、思ってもいなかったのだろう。


「なんだ?ヤシダ?何が入ってる?」


 支局長も、提出を促す。


「先ほど私は、胸ポケットからある物を取り出し、それを眺めるあなたの姿を見た。それは私の目には…」


 皆が俺の言葉に注目する。俺は高らかに宣言する。


「通帳のように見えましたが?」


「!?!?」


 目に見えて、明らかに動揺するヤシダ。


「こ、こここには、つ、通帳なんて…」


 そう言いながら、後ずさりするヤシダ。その後ずさりを、支局長が足止めする。


「ヤシダ、出しなさい」


「ひっ!?!?」


 硬直するヤシダを、あえて煽るように声をかける。


「どうしたヤシダ?さっき言ってたじゃないか?お前は無関係なんだろ?ならこの場でそれを証明すればいいじゃないか?ここにはハワー支局長もいらっしゃるんだぞ?無実を証明する絶好の機会じゃないか?」


「ぐっ…ううう…ひぐぅ…」


 精神的に追い詰められたからか、もはや目に涙を浮かべるヤシダ。彼は本当にゆっくりと、胸ポケットに手を向かわせる。


「ぐ…ううううっええう…っ」


 …しかしそれを見かねた支局長が、横から素早く通帳を抜き取る。


「はっ!!!だ、だめです!!!支局長!!!!ダメです支局長!!!!!」


 支局長はヤシダの手が届く前に、その通帳を俺の方に投げる。俺はすかさず内容を確認する。


「…王国より給付の記録…その宛先の変更届の提出記録…件数にして48件…!」


「あ…あ…」


 ヤシダはその場にうなだれ、倒れこむ。もはやこの男に弁解の余地はない。


「…や、やったの…?」


 後ろでおびえていたテルナが、か細い声を上げる。


「…やったわ…やったわよ!ツカサがやったのよ!!!」


 俺の背中に飛び込んでくるミリアナ。その姿を見て、テルナも後に続く。


「やった!!やったよおおお!!!!」


 二人のそんな顔を見ていると、俺も本当にうれしくてたまらなくなる。


「二人とも、ありがとうな!!!二人が勇気を出してきてくれたおかげで、俺たちは勝てたんだ!!!!」


 勝利に打ちひしがれる俺たちに、ゆっくりと支局長が歩み寄る。


「…うちのヤシダが、なんてことを…本当に申し訳ない…なんとお詫びすればいいのか…」


 心の底から申し訳なさそうにする支局長に、ミリアナとテルナは言った。


「…いいんですよ、支局長さん。私たち、民生局の皆さんの助けが無かったら、とっくに死んじゃってますから」


「支局長さん!いつもありがとう!!」


 二人は怒るどころか、笑顔で支局長の言葉に返事をした。


「ああ…ああ…」


 その二人の姿に、涙を流す支局長。…そのやり取りを見ていた俺も、かなり危なかった…

 激しい攻防が終わり、一息をついていた時、不意にテルナが声を上げる。


「…お兄さん、私、もう疲れちゃったよぅ…」


 その声に、俺とミリアナは顔を見合わせて互いに笑った。


「そうね、今日はもう帰りましょう」


「俺もはやく、ミリアナのご飯が食べたいなぁ」


…本当に、今日は疲れた。今までまともにだれかと口論なんてできなかった俺が、今日は思ったことをすべて口にできた…この力は召喚陣の力だけじゃなくて、もしかしたら二人の力…でもあるんだろうか?

 笑顔で帰路に就く二人の顔を見ながら、そんなことを考え歩みを進める俺だった。

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