第9話
「すみません、保護給付の申請をお願いしたいのですが」
俺は正面から、ヤシダに切り出した。
「…保護給付、ねぇ…」
ヤシダは妙ににやにやとした表情を浮かべながら、俺の後ろに控える二人に視線を移す。
「はははっ!!また来たのかお前ら!!しばらく来なくなったから、てっきり体でも売ってんのかと思ったよ!!」
…二人の話は本当のようだ。この男、どこまでもみっともなく下品らしい。ならばこちらも手加減の必要はない。
「あの、給付をお願いしたいのですが」
ヤシダは心底面倒くさそうな表情を浮かべ、頭をかきむしる。
「ん~じゃあ今度は何してもらおっかな~。この前は確か下着だったから、今日は全部見せてもらおうかなぁ~」
「っ!?」
後ろでミリアナが身構える。…俺の中のこの男に対する憎しみが、着々と蓄積されていく。
「…聞こえないんですか?保護給付をお願いしたいのですが?」
…前の自分であったなら、絶対にできなかった返しだ。
「…あのなぁ、まずお前誰だよ。給付の申請は本人しかできないんだ。よそ者は帰ってくれ」
「ほう、おかしいですねぇ。申請者の同意の元であれば、代理人による申請も認められているとの事ですが」
これも昨日、ゴミ山で見つけた法規集で知った知識だ。
それを聞いてほんの少し、ヤシダの顔が引きつる。
「けっ。知ってんのかよ。ただそれを申請するには…」
ヤシダは机の下から、100枚はあろうかという紙の束を俺の前に乱暴に置く。
「こちらがぁ、申請書類になりまぁすぅ。すべてご記入をお願いしまぁす♡」
気持ちの悪い笑みを浮かべながら、気持ちの悪い口調でそう話すヤシダ。俺は上の数ページをパラパラとめくり、簡単に内容に目を通す。…そこには同じ質問が、少し言葉を変えて何度も何度も羅列されていた。…馬鹿正直にこれらを記入していたら、何日かかることか。…それを前の俺なら、やってしまっていたことだろう。
「ご用意いただきありがとうございます。ですが、それには及びません。必要事項を記入した書類は、すでに準備して参りましたので」
俺はカバンから、数ページの申請書類を提出する。書かれている内容は、向こうが渡してきた100枚の申請書と全く同じだ。
ヤシダはまた少し、顔が引きつる。やや腹を立てているのか、少し声を荒げる。
「か、勝手なことされても困るんだよ!民生局には民生局のルールがあるんだ!そんなことも知らない奴に、給付なんて」
俺はすかさず反論する。
「民生局のルール?それをご存じないのはあなたの方ではありませんか?必要事項がきちんと記載されていれば、申請者ないしは代理人が用意した申請書であっても効力を発すると決められているはずですが」
「うるさい!!そんなのお前が勝手に決めたことだろ!!」
その口調は、もはや人に対応するそれではなくなっていた。憎たらしい感情が湧き上がっているのはこちらも同じだが、俺は努めて冷静に言葉を投げる。
「そうですか、あなたはご存じないようですので、支局長を呼んでいただけますか?」
ヤシダの表情が凍り付くのを、俺は見逃さない。
「し、支局長は、今、外出していて、」
「ん?、おかしいですねえ。私たちがここを訪れた時、入り口の扉にははっきりと『支局長在局中』の文字があったのですが」
「ぐ、ううう、、」
ここに来て、反論の言葉に詰まるヤシダ。…正直ここまでくれば、給付はもう決まったようなものだが、俺はこんなものでは終わらせない。二人を苦しめたこの男には、二人が受けた以上の苦しみを与えてやる必要がある。
「…なにやら騒がしいようですが、何かございましたか?」
「し、支局長…!!」
ヤシダを地獄に叩き落すためのカードがたった今、そろった。
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