スリーステップで泡の中
あまい酒をちびちびと飲みながらくだをまく友人がいる。俺の部屋に。
ぐじぐじと鼻をすすり、ぽろりぽろりと涙をこぼす友人をみつめながら苦い酒を嘗めた。
といれ、と立ちあがった友人が短い廊下に消えていく。おおきく息を吸う。吐く。肩にはいっていた力を意識して抜く。
友人がしなだれかかるようにしていたコタツの天板は缶がかいた汗のせいか、友人のあかるい色をした瞳からころがり落ちた涙のせいか所所、色を濃くしていた。
水の流れる音、ドアの開く音、やわらかいものが固いものにぶつかる音、視認。
頭をわしゃわしゃとかきまわしながら出てきた友人はのそのそと歩く。取ってつけたような流しを横切り、ちいさな冷蔵庫を開け、あたらしい缶を二本取り出した。ぶーんとなにかが震える音がする。友人は酔っ払い特有の笑みをうかべながら、両手に持った缶をぶらぶらと振りまわしながら歩く。歩くといっても狭い部屋、数歩の話。でも、それが酷く長く感じた。
火の入っていないコタツに友人の足がもぐりこんできて、俺の足にふれる。フローリングの床は冷えきっていたはずなのに、それは痛いほど熱を帯びていた。
友人がプルタブに指をかけ、一本二本と開けていく。気の抜けた音がするたびに、空気中のアルコール濃度が高くなるような気がする。息をするだけであてられてしまいそうだ。
「そろそろ寝たら。泊ってくんやろ」
息を吐くついでにことばをはきだす。友人はあまい酒をいっきにあおって、苦い酒にも手をだした。
「なんよ。ちょっとは親友をなぐさめたろう気ぃはないん」
一口飲んで眉を顰めた友人は缶をこちらにすべらせてくる。それから天板につっぷして、ちべたい、と頬をつける。
「なにしてほしいん」
「なぐさめてえや」
「男のなぐさめ方なんかわからん」
そやなあ、と視線だけを向けられ、背筋をぞっと冷たいものが走った。濡れた瞳、上気した頬、目を逸らす。
「頭なでるとか、」
脱色されたふわふわの髪がゆれる。
「手ぇぎゅっとにぎるとか、」
筋張った細い指が缶の縁をなでる。
「がしってはぐして、俺がおるから、とかいってみるとか、」
けたけたと笑う声といっしょになって薄い肩がゆれる。
「フラれて落ちこんでる女の子がおったら、なんもゆわれんでもそれぐらいしたらなあかんで」
頬の筋肉があがって、友人の目がいたずらっぽく弧を描いた。それから、ゆっくりと瞼が落ちてくる。
「そやな」
コタツのコンセントをいれて、まるまった肩に毛布をかけてやる。友人にふれられない俺には、それぐらいしかできない。それしか、できない。
ここには頭をなでて、手を繋いで、だきしめるだけで終わる恋がある。
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