残酷なひと

「まさがすきやよ、だから」


 それがどうした、ほとんどキレたように怒鳴ってから、しまったと口をおさえても、もう遅い。やっちまった。これでもかというほどに悪態をついてうやむやにしてやろうと思ったけど、なにかににぎられているように咽喉がつまってなにもでなかった。おおきく舌打ちする。


「え、なにそれ、ほんまなん」


 学校帰りにマンションの自分ちのひとつ上にある俺の家に押しいってきたと思ったら、俺の部屋の中のまさの定位置の無印のまるいクッションにうずまり、なーなーやっちゃんすきなひとおらんのなーなー、とあまりにもしつこくきいてきたので、俺がキレた。最低や。


「やっちゃん、おれのことすきなん」


 ききかえすなやどあほ。

 目をまるまるさせて、おもしろいものをみつけたとでもいわない顔にまた舌打ちがでた。ほんまあほ、こいつほんまあほや。


「そもそもなんでそんなこときいてきよったん」

「おれがすきなひとおったことない、いったら、クラスのやつに笑われたから」


 やから、やっちゃんはどうなんかなあ思て、そういうまさに俺の告白はもう脳味噌から削除されたんじゃないかと希望的観測をたてる。まあ、こいつがこんなに「おもしろいこと」を忘れるわけがないだろうが。

 てか、高二にもなって初恋まだとか、思わず鼻から息がもれた。まあ、ながらく同性の幼なじみに恋しちゃってる俺に笑えたことじゃないが。


「やっちゃんも笑いよる。ひどいわー」


 きれいな顔をくしゃりと崩す。でも、きれいな顔は、きれいなままで。あ、なんかこんな歌あったな。


 俺の想いびとは顔はきれいだが、頭がよわい。

 形のいい口からひらがなだらけのことばがつぎからつぎへと溢れてくる。まきはひとと話すのがだいすきだ。

 だいすき。すき。すきだなど、きもちを伝える気なんてこれっぽっちもなかったというのに。まあ、伝えない、ときめたのは、いまの関係を壊したくない、だとか、あいてをこまらせたくない、とかいったかわいらしい理由からではなかった。ただ、おまえはおかしいと指をさされるのがいやだったからだ。でも、それは結果的にお互いにはいいことだった。まさの一番ちかくにいる自分に俺は満足していた。

 それなのになんでまた。

 いまはうまい具合に話をそらせたみたいでも、いつまでもそうはいかないだろう。

 頭のよわいまきさんは、ひとと話すのがだいすきだ。とくに「おもろい」話が、どんな内容だろうとウケるであろう話が。

 すこし前に、まさはクラスのすこし浮いた存在であった女の子に告白された。翌日、まさはそのことを嬉嬉としてクラスメイトに話した。クラスメイトはそれを笑い話ととった。まさにとっては自慢話に近いものだったみたいだが、学生なんてそんなものだ。女の子は学校にこなくなった。

 女の子がどんどんと不登校に近づいていくなかで、まさはようやく自分が原因ではないかと思いいたった。あわてて先生に住所をきき、彼女にあやまりにむかったまさに引きずられるように俺はついていった。泣きそうになりながらあやまるまさに、彼女はほとんど泣いているような笑顔で、ありがとう、とだけいった。

 頭のよわい俺の想いびとは、残酷な人間だった。


「やっちゃん、おれはらへったから、もう帰んねー」


 おばちゃん、おじゃましましたー、という元気のいい声をききながら俺はクッションにつっぷした。まあ叶うなんておもっちゃいなかったけど結局ノーリアクションだったし、もうあしたから学校がどうだとか、クラスメイトの反応がこうだとか、関係ないくらい、


「つらいわー」


 ああ、別に冗談やってごまかせばよかったんか。いまさら、思いつくも、どうやら俺のきもちは隠すことはできても、冗談ではなかったらしい。


 予想に反して、翌日も学校は静かだった。その次の日も。

 まさの様子は、こちらは予想通りいつもと寸分もたがわなかった。これはこれでつらいが、もうこいつあいてにどうしたらいいのかわからなかった。


「なんで俺のことみんなにいわへんかったん」


 三日後、まさはしょうこりもなくまた俺の家にきた。俺はもうどうしたらいいかわからない。いや、まえからわからなかったけれど。まさがこういうやつだって知っていたけれど。

 勉強机のまわる椅子にすわり、クッションにうもれたまさにいう。おしゃべりだいすきなまさがなぜこんなに絶好のネタを放置しているのか。普通ならここで、なやんでくれているのかも、だとかなんなり思ってもいいのだろうが、まあ、それはない。自分のなかで何度目かかの確認をおえて、よし睨んでやろうと顔をあげる。思った以上に近くにあったまさのきれいな顔になさけない声がでた。

 いつのまにかクッションからおきだしていたまさは俺の目の前にたって、とびっきりの笑顔うかべて俺をみおろしていた。またでそうになった悲鳴を飲みくだす。

 まさに似合わないおおきな手が、俺の色をぬいた髪にふれる。


「まさのきもちは、俺だけのものにしときたいなあ思て」


 ああ、おまえはほんま残酷なやつや。

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