第18話:諦めない


「ウガアアアアアアアア!!」


 オーガが吼えながら渾身の力で棍棒を振り下ろした。


 それに対して、魔術師であり、身体能力は普通の少女と変わらないルミネは、ただ棒立ちで見ていることしか出来なかった。


「ああ……」


 絶望が――迫る。


「潰れろ!!」


 ゴブリンシャーマンの声が響くと同時に――轟音。


「え?」


 ルミネの目の前でなぜか――


「ウガアアアアア!?」


 粉々に砕け、柄だけとなった棍棒を見てオーガが雄叫びを上げた。それには苦しみと怒りの両方が混じっていた。


「っ!! 【イグニス】!!」


 何が起こったか分からないが、とにかく今しかない。ルミネはそう判断してランプの杖をオーガへと向け魔術を発動。


 杖の先端から放たれた火球が豪速でオーガに迫る。


「ウガアアア!!」


 オーガがそれを腕で打ち払う。当然その腕には火傷が広がるが、数秒後には元に戻っていた。


「自己再生!? オーガにそんな力は……」


 ルミネは威力が高い魔術が多いとされる火属性魔術を咄嗟に撃ったのだが、それが全く効いていないことに絶望した。


 確かに自分は〝七曜〟と称されるように七属性の魔術を使えるが、それぞれの初級魔術しか使えなければ、それはもう一属性しか使えない〝ソリッド〟と同じなのだ。何ならソリッドの魔術師の方がより深くまで追求しており強いまである。


 一番威力がある【イグニス】が効かないのなら……もう打つ手がない。


 今度は斧を振り上げたオーガを見て、ルミネは一種の諦めの境地に達していた。


「ああ……なんでこんな事に」


 冒険者になりたい。そう思ったのは、きっと偶然だった。ずっと塔に籠もりっぱなしだった自分が、初めて外に出た時に、目の前にたまたまあったのが冒険者という道だった。


 ただそれだけだったのに。


「嫌だなあ……死にたくないなあ……負けたくない……負けたくない!!」


 ルミネが歯を食いしばった。ここで、死んだら負けだ。


 負けるのは嫌だった。だから彼女は最後まで目を瞑らず杖を向けた。例え杖が壊れようと、直撃さえ防げれば――


 そう思い、風を切る轟音を響かせながら迫る斧をジッと睨み付けた。


 だから――彼女にはそれが見えた。


 まるで砲弾のように、飛び込んで来る小さな影を。


「やっとコツが分かってきた……今度は――!!」


 その影――フィルは、ルミネの前に立つと左手の短剣を斧へと突き出した。


 金属同士がぶつかって上げた悲鳴のような音と共に、火花が散った。


「力を……受け流して……こう!」


 フィリが全身の力を抜きつつ、短剣に掛かる尋常でない衝撃を流していく。そしてその衝撃を少しだけ利用して、力点をずらした結果――

 

 斧の刃が音を立てて砕けながら、フィリの真横へと落ちた。


「疾っ!」


 フィリが地面を蹴って飛翔し、斧の柄に着地すると疾走。


「アガアアアア!!」


 吼えるオーガの手首を右手に持つ紫色の短剣で斬り飛ばした。


「嘘だ……なぜ生きてる!! それになぜそんな簡単に武器が壊れるんだ!! くそ、マッドオーガよ! さっさとそのガキを殺せ!!」


 ゴブリンシャーマンが信じれないとばかりに叫ぶが、その時には既にフィリは地面に戻っており、その目はまっすぐにゴブリンシャーマンを捉えていた。


「まずは……お前からだ!」

「く、来るな! マッドオーガ!!」


 フィリが地面を蹴って加速。


 だが、マッドオーガは動かない。良く見ればその足下がなぜか泥状になっており、足を取られていた。


「ウガア!! ウガア!!」


 その泥沼地帯から脱出しようとするほどに、オーガは深みに嵌まっていく。


 その沼の先には――杖を地面に向けていたルミネの姿があった。


「行ってフィリ君! こいつは私が!」


 ルミネの叫びは確かにフィリに届いた。


「あはは、ルミネは凄いや」


 フィリはそれを見て笑うと、更に加速。


「くそ!! あの役立たずがああああ!! せっかく禁術と禁薬で強化してやったというのに!! 私のマッドオーガ隊がとガキに負けるはずがないんだ!!」


 ゴブリンシャーマンが最後の抵抗とばかりに杖を迫り来るフィリへと払うが、


「ほいっと」


 再び黒い短剣が振られ、杖を絡め取ると、それはいとも容易く骨の杖を砕き、ゴブリンシャーマンとフィリの間でまるで雪のように骨片を散らした。


「くそ……お前らは何者だ…」

「それは勿論ーー冒険者だよ」


 それが、ゴブリンシャーマンが聞いた最後の言葉だった。

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