第19話:双属性魔術
「アガ……ゴボッ…………」
フィリがゴブリンシャーマンの首を切り裂いたと同時に、ルミネもまたオーガとの戦いに決着を付けていた。
オーガの足下の泥沼がまるで意思を持ったかのように蠢き、触手のような手をもたげ、オーガの顔を包み込んでいた。オーガは息が出来ず顔を包む泥を払おうとするも、その手を泥はすり抜けるばかりで、やがて沈黙。
オーガの身体がゆっくりと泥沼へと倒れた。
「はあ……はあ……! 即興だったけど……上手く行った!」
「ルミネ! 凄いよ! こんな強い奴を倒すなんて!」
笑顔でフィリが駆け寄ってくるが、ルミネは首を振った。
「ううん、フィリさんのおかげですよ。何度も助けていただき感謝です」
頭を下げながらルミネは、本心からそう思って感謝を述べた。
それは本当に思い付きだった。とにかく、オーガの動きを止めたい一心で地面を泥状にする土属性魔術【マッドスワンプ】を使用したのだ。結果、オーガの動きは止められた。
だが当然それは足止め用の魔術でしかなく、オーガにダメージを与える事は出来ない。
だけどその時、目の前で二つの短剣を駆使してオーガを圧倒したフィリの姿を見て、ふと気付いたのだった。
そういえば、魔術を使い始めてから……
本来、魔術とは同時発動出来るのは同属性の物だけだと言われていた。それは、契約した精霊同士が喧嘩してお互いを相殺してしまうからだ。だから同属性であれば同時、多重発動は可能だが、それが違う属性同士となると――反発が起こり、消えてしまう。
それが、魔術師の常識だった。
だからこそ誰も使わないし、ルミネもそんな事をする発想がなかったのだが……なぜか、それが出来る予感がしたのだ。
それはフィリの後ろ姿を見たときに、その姿に狐の姿が重ねて見えた時起こった。ルミネはその時、思い出したのだ。かつて――複数の属性を同時に操る術を持った、
だから試しに、土属性と水属性の魔術を組み合わせて、泥沼を操作する魔術を即興で編み出したのだった。
結果、それは凶暴なオーガを絶命させるほどの魔術となった。
「勝ちました……勝ちましたよ私達!」
それは、確かな手応えとしてルミネの中に残り、そして勝利の喜びがこみ上げてきた。
「うん! ルミネは凄いよ!」
「フィリさんも凄いですよ。正直、なんで生きているか不思議ですし、あの武器破壊と受け流しは……一体なんなんですか」
あんなものは見たことも聞いたこともない。そもそも大盾や重鎧を着た戦士ですらもオーガの一撃は耐えるだけで精一杯だと聞いた。それをあんな短剣と小さな身体で耐えてしかも受け流したのが、今でもルミネには信じられなかった。
「修行のおかげかな? あとはこの武器が凄いんだよ。こっちの黒い短剣……〝黒天〟って呼んでるだけど、この黒天は、その刀身に与えられた衝撃を吸収する力が備わっていて、更に上手く使うとその溜め込んだ衝撃を放つことが出来るんだ。だからオーガの棍棒も、斧もその衝撃力を逆手に取って、それぞれに返した結果、ああやって壊れた」
フィリは簡単に言ってのけるが、それはそう簡単な話ではない。そもそも、その攻撃は黒天で受ける必要があり、それは並大抵の目や反応反射速度では出来ない上に、元よりそれをする度胸が必要だった。
だがフィリは、散々師匠であるSランク剣士の猛攻を訓練と称して受けており、その速度や重さに慣れていた。
だからこそオーガの一撃にも、不意打ちでなければ対処できたのだ。
「いずれにせよ、フィリさんの実力ですよ」
「そう言われると嬉しいなあ」
「じゃあ、フィリさん帰りましょうか」
「うん。さっきのゴブリンシャーマンでぴったり30体だったみたいだし」
そう言って、フィリが傍らにいたレギナの頭を撫でた。どうやら彼女はちゃんと数を数えていたようだが、実はそれを今の今まで教えなかったのには理由があった。しかしそれを彼女はフィリに言うつもりはないようだった。
「ふふふ……変な人」
まるで虚空を撫でているようなフィリの姿を見て、ルミネは笑った。
だけど、彼女は気付いていない。もしこの時、彼女が戦闘中のようにしっかりと魔力を込めてその光景を見ていれば――レギナの姿が見えていたことを。
とはいえ、こうしてフィリとルミネのパーティ戦闘は、勝利で終わったのだった
☆☆☆
フィリ達が戦ったその空間の更に奥。
そこには夥しい数のオーガの死体が散乱していた。それらの死体や流れ出た血はまだ温かく、まだ死体になって間もないことが見て取れた。
よく見ればそのオーガ達は全て、鋭利な刃物、あるいは原型を留めないほどの大火力の魔術で殺されていた。
もしこのオーガ達が何者かによって倒されていなければーーフィリ達の勝利も危うかったかもしれない。
だがその事実を知っているのは、ただ一人いや、一体の狐だけだった。
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