第16話:パーティを組もう!


「フィリさん、助けていただきありがとうございます」


 ぺこりと頭を下げたルミネを見て、フィリがはにかんだような表情を浮かべた。


「あ、いや、助けたというか……まあいいや、君は冒険者?」


 聞きながら、フィリが袖で顔に掛かっていたゴブリンの血を拭おうとすると――


「――【ウォッシュ】」


 ルミネがランプの杖を揺らした。すると、フィリの全身を泡が包み込み――パシャリと弾けた。


「うわあ、凄い! 魔術だ! 全身ピカピカだ!」


 それは、水の精霊ウンディーネと契約した者が使える水属性魔術の一つである【ウォッシュ】だった。本来は、傷口を洗浄する魔術だが、応用すれば全身を綺麗にできる便利な魔術だ。


 おかげでフィリの鎧も血でベトベトだった髪や肌も全て綺麗に洗浄されていた。


「――アガニスのルミネです。一応、魔術師で冒険者です」


 ルミネはそう言いつつ自分にも【ウォッシュ】の魔術を掛け、お尻の汚れを落とした。それでようやく一息つけたルミネだった。


「アガニス……の? るみな……。えっとどっちが名前?」

「ああ、すみません! 魔術師は必ず名前の前に修行した土地の名前を付ける習わしなんです」

 

 慌てたような手をバタバタさせるルミネを見て、フィリが苦笑する。


「そうなんだ。ごめん。僕、魔術師とかはあんまり知らなくて。じゃあ、ルミネだね!」

「はい! あの……フィリさんは冒険者ということでしたが、他のメンバーの方は?」


 ルミネが見るに、フィリは軽鎧に短剣といわゆる、軽戦士と呼ばれる装備をしており、パーティ内では斥候や援護、魔術師の盾役などと幅広い役割を担う事が多いポジションだ。だから単独行動は斥候であれば有り得る話なので、他のメンバーはどこにいるかを聞いたつもりだったのだが――


「ん? いや僕一人だけど」

「え? 一人? ということは……ソロでここの依頼を?」

「へ? 依頼? なにそれ?」

「え?」

「え?」


 首を傾げながらお互いを見つめ合うフィリとルミネ。

 この場所は、〝ゴブリンの崖砦〟と呼ばれる巨大ダンジョンで、ゴブリン達がここで戦力を増やすと厄介なので定期的にゴブリンのリーダーやボス、まとめ役であるゴブリンシャーマンの討伐依頼が冒険者ギルドに下りてくる。

 そしてその危険度から、当然ソロでの依頼はよほどの実力者でないと受けられないし、パーティでも、中堅と言われるDランクが依頼を受けられる最低ラインだった。


 だからこそ、ルミネは目の前の少年が不思議だった。確かにあっという間にゴブリン三人を倒したけども……どうにも雰囲気から実力者という感じでもないし、かといって、パーティを組んでいない上にそもそも依頼すらを受けていないようだった。


「いや、僕は確かに冒険者だけども。ここに来たのは武者修行で……」

「武者修行……?」

「そう。師匠の無茶ぶりでね……ゴブリンを30人倒すまで帰ってくるなって……ううう……お腹空いた」

「……いつからここに?」

「一昨日から……僕、方向音痴で……なぜかゴブリン全然いなくて……」


 このダンジョンは上下左右入り組んだ通路によって構成されている上に、定期的に冒険者が来る為、ゴブリン達も学習して新たな通路を常に拡張している。古い方の通路は捨てられており、そこをいくら彷徨ったところでゴブリンどころかネズミ一匹いない場所なのだ。


 そういう意味で 二人が今いる場所も古い通路なのだが……なぜそこにゴブリンがいたかについてまでは、ルミネも考えが及ばなかった。


「修行でゴブリン討伐ですか……剣士は大変なんですね」


 そんな無茶苦茶な修行を課すのはカエデぐらいなのだが、ルミネも剣士についてはあまり詳しくないので、それを真に受けてしまっていた。


「うん。というか、今、何人目なんだろ……数えるの忘れてた……」

「そうですか。とりあえずここから出ませんか? さっきのゴブリンが言うには近くに仲間がいるって――」


 ルミネがそう言った瞬間。彼女を置き去りにしたパーティ【輪舞する剣】が進んだ方向の通路から、


「ぎゃああああああ!! 助けてくれえええええ!! アアアアア――」


 絶叫が響いた。


「今のは!?」


 フィリが短剣を構えて、通路の方を睨む。


「多分私の仲間です! あ、元……仲間です……」

「どういうこと?」

「追放されたんです……それで、私、置いていかれたんですよ……あはは……情けないですよね」

「……ひどい。君、危なかったよね? 魔術師を一人置いていくなんて、ありえないよ」

「でも、私が悪いし……」


 シュンと落ち込むルミネを見て、フィリが右手に持つ短剣を腰の鞘に仕舞うと、その手をルミネへと差し出した。


「ルミネは今はソロってことだよね? じゃあ――! そして、助けにいこう。嫌な奴らでも……見捨てることはできない」


 

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