第9話:狐返し(side FOX)

 夜。

 修練所。


「ちっ……」

「んだよダラス。機嫌悪いな」

「なんでもねえよ!」


 イライラするのを隠さず、ダラスが煙草を灰皿に押し付けた。


「あのガキよ……なんか最後辺り結構動けてなかったか」

「だよな。というかあんだけボコボコにされて、なんで立てるんだ? 帰る時もなんか平気そうだったしな」


 男達は昼間に来た少年のことを思い出す。最初はダラスに一方的にやらているのを見て、面白がっていたが……まるでアンデッドのように気絶しては起き上がり、また気絶しては起き上がる少年の姿を見て、最後は薄気味悪さを感じていた。


 何より最後辺りは、ダラスの木剣を少しだが短剣で捌けていた。落ちぶれてはいるが、ダラスはBランクの冒険者だ。この修練所にいる者の中で彼の剣をまともに受けられる人物は、この修練所のトップである女剣士カエデ以外にいない。


「あいつの話をすんじゃねえ!! 明日また来やがったら今度こそ二度と向かってこれないように叩きのめしてやる」


 ダラスもまた、その少年に薄気味悪さを感じていた。

 その異常なほどのしぶとさ、体力に最後はこっちが参りそうだった。そして最後にはこちらの攻撃を一部だけだが見切っている節があった。


「Fランクのガキが俺の剣を見切れるはずがねえ……」


 ダラスがそう呟いたと同時に――修練所の扉を叩く音が響いた。


「あん? 誰だこんな時間に。おいお前ら、殴ってこいや」

「ういっす」


 二人の男が扉へと辿り着いた瞬間――


「何だ!?」


 ダラスと残っていた男達が、その轟音に驚きつつ立ち上がった。


 もうもうと上がる煙の中から――人影がぬるりと出てくる。


「よお……


 そう言って口角を歪ませつつ、倒れている二人の男の背中を踏み付けたのは――長い金髪をなびかせた絶世の美女だった。


 その美女はスラリと背が高く、異国風の女性らしい身体のラインがこれでもかと強調されている服を着ていて、何よりも特徴的だったのは――その頭部でぴこぴこと動くと……背後で揺れるだった。


「誰だてめえ!! ここが冒険者ギルド直下の修練所ってのを知ってるのか!?」


 一人の男が威勢良くそう言って、狐耳の美女に近付くが――


「あー、お前は野次を飛ばしてるだけだったな。じゃあ、これぐらいでいいか」

「へ? あふん……」

 

 美女が男の顔の前で手をパンと叩く、男が泡を吹いて気絶。そのまま床へと倒れた。


「てめえ!!」


 男達が腰に差していた武器――当然模擬訓練用ではなく真剣――を抜いて狐耳の美女に襲いかかるが……。


「おっと、正当防衛はさせてもらうぜ?」

「ぶへっ!」

「がはっ!」

「あべばっ!」


 全員が、綺麗にカウンター気味にそれぞれ一撃ずつ足蹴りを喰らって倒れると――


 気付けばその場にはダラスと狐耳の美女の二人しかいなかった。

 

「お前……何者だ。並の冒険者じゃねえな」

「かはは……言ったじゃねえか。修練を受けに来たって。さあ、始めようぜダラス。

「なんで俺の名を! くそ、死ね!!」


 ダラスが腰に差していたロングソードを抜刀。その速さは流石はBランクであり、普通の剣士であればまず反応できないのだが――


「遅えな」


 狐耳の美女がその長い足を真上に上げると、迫る剣へと踵落としの要領で振り下ろした。


「は?」


 そのダラスのマヌケな声と、剣が折れる澄んだ音が同時に響いた。


「はん、やっぱりは剣までなまくらだな。あの短剣の強さを見抜けないなんてマヌケすぎるぜ?」

「嘘だ……ありえねえ!」


 ダラスが唾を吐きながら、折れた剣で狐耳の美女へと襲いかかる。


「じゃ、とりあえずお前の悪意……――〝狐返し〟」


 剣をあっさり避けられたダラスの額に、狐耳の美女の細長い指が触れた。


 その瞬間――ダラスの全身に、まるで木剣で殴られたかのような痛みが全身に走った。


「アガァァ!!」


 そしてその痛みは一度で終わらず……何度も何度も何度もダラスを襲った。


 床でのたうち回るダラスに、狐耳の美女が血のように真っ赤に染まった瞳を向けた。


「どうせお前らは忘れちまうけどよ……」

「ひ、ひいいいいいい……た、助け」


 逃げようともがくダラスの頭がグイっと掴まれた。その耳元へと、甘い声が囁かれた。


「次またあたしの主様に悪意を向けたら――今度は利子付けて返しに来るからな。あと当分はお前ら全員、運が悪ぃだろうから……悪事全般はやめとけよ」

「あっ、はひっ……かは……」


 ついに痛みが限界を超え、ダラスは失禁しながら気絶。


 それを見た狐耳の美女は、どこからか出した煙管を咥えると一服し、煙を吐き出した。


「……はあ。しかし……もどかしい。直接護れずに、こうやってコソコソ後からやるしかないなんてな。不便な身体だよ。でも、これで少し……は……フィ……リ……様の……」


 その言葉を全て言い終える前に――狐耳の美女は青い炎となって消えたのだった。

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