第8話:修練所

「あーん!? なんだクソガキ!! ここはてめえみたいなガキの来るとこじゃねえぞ!」


 唾を飛ばしながらフィリを怒鳴っていたのはガラの悪そうな顔付きの男だった。


「あ、いや、えっと……ここって冒険者用の修練所ですよね?」


 そう言ってフィリはもう一度、その建物の入口の上にある看板を確認した。確かにそこには【修練所】と書かれていた。横では、レギナが威嚇するように全身の毛を立たせている。


「あん? だからなんだよ!」

「おいおい、ダラス。何、入口で怒鳴ってるんだ?」


 フィリがどう答えようか迷っているうちに、中から何人もの男達が出てきた。全員が、見るからに冒険者――特に一般市民に嫌われるタイプの――であり、フィリを見た瞬間に全員が見下したような目付きになった。


「なんだこいつ」

「知らねえよ」


 最初の男――ダラスが肩をすくめた。


「さっさと戻ってカードの続きやろうぜ。せっかく今日はカエデがいねえんだから」

「あ、あの!! 短剣の修練を受けたいのですが!!」


 フィリがそう叫んだ瞬間。ダラス達がキョトンとした表情を浮かべた。


 しばしの沈黙。


 そして――


「……ぷっ! ダハハハハハ!! おい! 聞いたか!? 〝たんけんのしゅーれんをうけさせてくだちゃい〟だってよ!!」

「ギャハハハ!! おいおい、冗談キツいぜ!!」


 ダラス達が爆笑しはじめた。


「あー腹いてえ……これはもしかしてあれか? ママにお高い玩具買ってもらったから調子に乗っちゃったパターンか!?」


 ダラスがフィリの新品同様の短剣と鎧を見て、嘲笑った。


「……修練を受けさせてください。ギルドカードならあります」


 そう言って、フィリがギルドカードを出した。カミノに聞いた話では、冒険者ならギルドカードを提示するだけで誰でも無料で修練――つまり戦闘訓練を受けさせてくれるという話だった。


「どれどれ……ケケケ……やっぱりFランクでやんの。名前は……フィリね。名前まで女くせえな」

「おいおい……勘弁してくれよ。んなクソ雑魚の相手なんてしてらんねえぜ」

「帰りながきんちょ。ここはお前が来るにはちと早えわ」


 シッシッとまるで犬か何かを払うかのような態度を取るダラス達に、フィリは唇を噛み締めながらも、決して目を逸らさなかった。


「――。確かに僕はFランクで弱いですが、だからこそ、強くなるために来ました」


 フィリは譲らなかった。


 もう甘えるのも、逃げるのもやめた。


 その表情を見てダラスが、目を細めた。


「……良いぜ。入れよ」

「お、おい! カエデさんがいねえのに勝手にやったらまずいだろ。今日はそもそもここは休みな――ぶべっ!」


 男の一人が言葉の途中で、鈍い音と共に二つ折りになった。その腹には、ダラスの拳がめり込んでいた。


「カエデ、カエデうっせえな。あんなクソ女いなけりゃ俺がここのトップだ。つまり、今は俺がこの修練所を仕切ってるんだ。黙って従えや」

「……お、おう!」

「ちっ……俺は知らねえぞ」


 ダラスの迫力と、倒れて気絶した男を見て、他の連中がすごすごと中へと戻っていく。


「さて……フィリ君だっけか? いいぜ、入れよ」


 ダラスがフィリが逃げないようにと、馴れ馴れしく肩に手を回した。


「……よろしくお願いします」

 

 少しだけ足が震えるが、フィリは覚悟を決めて中へと進んだ。


 中は、故郷で見た道場に近いような空間だった、真ん中に模擬訓練を行う空間があり、脇には木製の人形がいくつも設置してあった。


 しかし微かに酒と煙草の臭いが漂っており、奥のテーブルの上に、勝負の途中であろうカードゲームをしていた跡がある。


 フィリは、既にここはもう修練所として機能していないのかもしれないな、と思った。


 ダラスがフィリをその模擬訓練用のスペースにつれてくると、脇に置かれていた木剣を投げて寄こす。


「おら、これ使えや」

「へ? いや僕、この短剣を使いたいんですけど」


 そう言って、フィリが二本の短剣を抜くが――


「……おいおい勘弁してくれよ。なんだそれ。お前、馬鹿にしてんの?」

「へ?」

「それ――どう見ても美術品じゃねえか。なんだそのくしみてえなデザイン。どう見ても戦闘用じゃねえ。それにな、そっちの方も刃が水晶って……。水晶は脆いことで有名だぜ? 打ち合いなんかした日には一発でぶっ壊れるぞ」

「いや、でも大業物で逸品だって……」


 カミノさんの言葉を思い出すも、どこかでまた騙されたのではないかという疑いが出てくる。


「どうせ商人の口車乗せられて買わされたんだろ。だからお前はがきんちょなんだよ。武器をぶっ壊してもいいなら別だが……木剣を使え。どうしても短剣が良いのなら、そこにあるやつ使えよ。あと、鎧は脱いどけよ。訓練にならねえ」


 ダラスが顎をしゃくった先には、様々な形状の武器――全て木製――が置いてあった。フィリは考えた末、なるべく【フォックスイーター】に近い形状の短剣を二本を選び、鎧を脱いで脇に置いた。


「じゃあ、構えろ。実戦形式でいくぞ」


 ダラスがそう言って木剣を構える。その目には嗜虐的な光が宿っていた。


「え? 型とか、素振りとかそういうのは?」

「は? ねえよばーか!!」


 一瞬で間合いを詰めたダラスが、木剣をフィリの腹に叩き込んだ。


「かはっ!」

「おらあ!! 早く起きろや!! 修練を受けに来たんじゃねえのか!?」


 何度も何度も何度も木剣で叩かれながら、フィリはめちゃくちゃに短剣を振り回した。しかし当然そんなものは届かない。


「ぎゃはは! ダラス、手加減すんなよ!」

「もっと踊れや!!」

「殺せえ!!」


 最初は遠目に見ていた男達も、フィリが一方的に木剣で殴られているのを見て、野次を飛ばし始めた。


 その後……もはや訓練ではなくただの暴行めいたその行為は――長時間にも及んだ。


 それを見ていることしか出来ないことにもどかしさを感じ――レギナは再び怒りを感じていたのだった。

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