第5話:カミノ商店


「よし、まずは武具だ。そういえば……この短剣高かったなあ」


 教えられた武器屋に向けて歩き始めたフィリが、ふと腰に差してある短剣を見て苦い顔をした。最初にギルドで冒険者登録をした時にもらえる応援資金を、たまたま迷い込んだ路地裏で見付けた商店の主人の口車に乗せられ、全額をこの一本の粗末な短剣とすぐに破れて使い物にならなくなった薄革の鎧に使ってしまったのだ。本来なら防具含め一通りの武具は買えるほどの金額なので、今思えば完全に騙されていた。


「はあ……今度はしっかりしないと」


 その言葉を聞いて、突然これまで後ろにいたレギナがフィリの前へと出た。


「くーん」

「え? ついてこいって?」

「コンコン!」


 レギナがスッと路地裏へと入っていく。


「待って、レギナ。僕は武器屋さんに行かないといけなくて」


 しかしレギナはフィリがちゃんと付いてきているかを、ときおり確かめるように振り返るだけで、その歩みを止めなかった。


 ゆらゆらと揺れる九本のもふもふを追い掛けるようにフィリは迷路のような路地裏を進んでいく。すると、レギナはとある店の前で立ち止まって、看板を見上げた。


 そこにはこう書かれていた――【カミノ商店】、と。


 その店構えに、フィリは見覚えがあった。


「レギナ! ここは……」


 そこは間違いなく、前にフィリが短剣と鎧を法外な値段で売り付けられた店だった。


「なんでここに!?」

「コンコン」


 レギナはとにかく信じてと言わんばかりに、商店の中へと入っていく。フィリは彼女の意図が分からなかったが、とりあえず信じてみることにした。


「あの……すみませーん」


 ゆっくりと扉を開けながら中を覗くフィリだったが――


「ひ、ひいい!! 悪霊退散!! 悪霊退散!!」


 喚くような言葉と共に、何かが飛来。


「うわ!!」


 驚いたフィリは強い風を感じると共に顔のすぐ横を、短矢が通り過ぎ――道の反対側にある壁へと突き刺さった。


 それをもし第三者が見ていれば、おそらく奇妙だと感じたかもしれない。なぜなら確実にフィリの頭部へと向かっていった短矢がその直前で突風で煽られ、ように見えたからだ。


 だが、それを見ている者は誰もいなかった――レギナ以外は。


「ってなんだ……お客さんか。勘弁してくれ」

「えっと……どうしたんですか?」


 フィリが苦笑いを浮かべつつ見つめた先には――小型のボーガンと盾で武装し、更に全身に何やら怪しげなお札を貼った黒髪の中年男性――この商店の主人であるカミノがいた。


「ちと、色々あってね……過敏になりすぎていた。すまなかったね少年。というわけで、いらっしゃい。?」


 そう言って、カミノは笑顔を見せたのだった。


 その様子にフィリは首を傾げた。いや確かにこういうお店では、一ヶ月前の客なんて覚えてはいないかもしれないが……どうもおかしい。


 いや、前は確かにいきなりボーガンを撃ってくる、なんてことはしてこなかったけども……もっとぶっきらぼうで粗雑で、脅すような口調だったとフィリは記憶していた。


 何より、前来た時は店内は埃だらけで、武具も雑に置いてあっただけだったのに――今は店内も、陳列されている武具もピカピカに磨いてあり、掃除が行き届いているように見えた。


「お店、綺麗になりましたね」

「へ? あれお客さん、前にうちに来たことが?」

「え、あー、はい」


 その言葉を聞いて、カミノが気まずそうな表情を浮かべるとため息をついた。


「そうですか……。なるほど……が仰っていたのはこういうことか。俺は君のことは全く覚えていないのだが……何かをここで買ったかい?」

「ええ。薄革の鎧とこの短剣です。鎧はすぐに破れて使えなくなったので捨てました。短剣もすぐに錆びたのでほぼ使ってません」


 フィリがそう言って、カウンターの上に短剣を置いた。


「ああ……これは確かにうちで売ってたやつだ。粗悪な金属で安く作らせた三流品どころか不良品だ。君はいくらでこれを?」

「鎧と合わせて、一万五千ゼニカです」

「……ぼったくりだね」

「はい」

「……申し訳ありませんでしたああああ!!」


 そう言って、カミノは頭をカウンターに叩き付けた。


「うわっ!! いや、あの時は僕も知識不足で! そちらの言う事を全部鵜呑みにしてたので……だからその頭をガンガン叩き付けるのやめてください!!」


 思わずフィリがカミノの身体を抑えるまで、カミノは涙を流しながら頭をカウンターに打ち続けた。


「ううう……すまねえ。俺はとんでもない悪行を……君、見たところ新人冒険者だろ?」


 頭からダラダラ血を流しながら、カミノがフィリの全身を検分する。


「はい」

「そうだよなあ……金もないのに……すまねえ……すまねえ」


 何度も謝るカミノにフィリは困っていた。


「あの、出来ればですけど……お金をちょっと返して欲しいなあって。これから新しい武具を調達しようと思うのですけど、ギルド融資は出来れば使いたくなくて……」


 その言葉を聞いた途端に、カミノが目を輝かせてこう言ったのだった。


「返金は勿論させてもらう! だが、それだけじゃ俺の気持ちがおさまらねえ。君さえ良ければ、ここで武具を揃えないか!? お詫びも兼ねて、大出血サービスをさせてもらいたい!」

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