第4話:不誠実


「もう、心配したんだからね? 【遊撃する牙】に入ったっきり一回もギルドに顔を出さないんだから」

「あはは……やること多くて忙しかったんです」


 カウンターに座ったフィリが、前に立つシキにある程度隠しつつ追放された事情を話していく。いくら脅されたからと言って隠す必要はなかったが、彼はそれを話すのが何となく恥ずかしくて、何より格好悪いような気がして、結局話せなかった。


 怪我も一晩で全て治ってしまって、証拠があるわけでもないしね……とか思っていると、シキが痛ましいような表情を見せた。


「ひどい話ね……。雑用させるだけさせといて追放だなんて、あいつら全員引っぱたきたいところだけど……パーティからの追放権はリーダーにあるから、例えその理由が不当でもギルド側からは何も言えないのよね。だから上位ランクのパーティにいきなり入るのはオススメしなかったのに、フィリ君ってば人の話を聞かないんだから」

「すみません……あの時は舞い上がってて」

「でも良かった。おかげでフィリ君は襲われなくて済んだし」

「ええ、まあ。それより、ガルドさん達が襲われたのは本当なんですね」

「そうよ。おかげでもう大変。彼らは貴重なAランクパーティだからね。そんな彼らを襲撃した犯人をそのままにしておくわけにはいかないから、今朝、賞金首として緊急指名手配を出したけども……なんてこの街にはほとんどいないから、いたらすぐに見付かると思うのよねえ」


 そうぼやくシキの言葉に、フィリは考え込む。


 このエーディアル王国がある中央大陸では、亜人獣人は決して珍しくはない。だがこの国は珍しく人間が人口の九割を占める国家で、獣人や亜人を見ることは少なかった。時折、行商人や旅人もしくは他国の冒険者としてやってくるぐらいだ。


「狐獣人……」


 フィリはあまり詳しくはないが、狐獣人は獣人族の中でも特に珍しいと聞いたことがあった。


「少なくとも、この街を最近出入りした獣人族の中に狐獣人はいなかったのよねえ。一体どこから来たのかしら」


 シキが考え込んでいると、フィリは側に気配を感じた。


「ん、お帰り」


 それは九尾の狐――レギナだった。彼女はすました顔でフィリを護るように椅子の後ろに座り込む。


「え? なんて?」


 自分に掛けられた言葉だと勘違いしたシキに、慌ててフィリが言葉を返す。


「あ、いえ、なんでもないです! それより、何か依頼があれば……その、そろそろ資金が……」

「そうねえ。依頼自体はいくつか良いのがあるけども……フィリ君の実力だとソロで受けさせるのはちょっとねえ」


 フィリの小さな身体と、申し訳程度に腰に差している短剣を見て、シキが言葉を濁らせた。


「そうですよね……」

「パーティの斡旋は業務外なの。昔ギルドも率先してやってた時期もあるらしいけど、トラブルが頻発しちゃってね。それからは冒険者のパーティ加入離脱については不干渉ってことになったのよ」

「ですよね。自分で探してみます」

「うん。でも、フィリ君。冒険者にとって一番重要なのはね、勿論実力や運もそうなのだけど……よ」

「誠実さ、ですか?」

「そう。お小言みたいに聞こえるかもしれないけど……今のフィリ君には正直、冒険者をする実力が身に付いてないと思う。前も言ったと思うけど、どこのパーティに入るにせよ武具を整えたり、自分のスキルで出来ることを考えたりとか、最低限の準備は終えておかないと。頑張りますって言葉だけなのは……不誠実よ」

「それは……はい」


 その通りだった。

 フィリは分かっていた。自分には実力はないことを。だけど、雑用でもなんでも頑張ればきっといつかはちゃんとした冒険者になれると、そう思い込んでいた。だから武具も揃えずスキルで出来ることも考えず、ガルド達のパーティに入った。


 結果、騙され、暴行され、そして追放だ。


 自分が甘かった。そう分かってたつもりだったけど、今もシキさんに甘えようとしていた。心のどこかで、誰かが助けてくれると思っていた。だけど結局自分はあれだけひどいことをされても、何も変わっていなかった。


 それが悔しかった。自分に対して怒りが湧いてくる。


 そんなフィリを見上げて、レギナが目を閉じた。それは何かに耐えているようにも見えるし、何かを決意しているようにも見えた。


「お金に関しては、ギルド融資があるからまずはそれを借りて最低限の武具は揃えたらどうかしら」

「はい。そうします」

「うん、手続きはこっちでしとくね。とりあえずオススメの武具屋を教えてあげるからいっておいで。ギルドガードを出せばそれでとりあえず買えるから。あんまり高い物だと断られるけど、新人冒険者向けの奴なら一通り揃うと思うわ」

「ありがとうございます! 早速いってきます!」

「気を付けてね。例の狐獣人、まだ捕まってないのだから」

「はい!」


 フィリはシキに礼を言うと、冒険者ギルドを飛び出した。

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