第3話:悪意忘却

 翌日。


 フィリは、軽い倦怠感を覚えながらも冒険者ギルドへと向かった。なぜか珍しくレギナの姿が見えないが、フィリは少しだけ心配するも、たまたまどこかに行っているだけだろうと思い直した。


 ギルドに辿り着くとまだ早朝だと言うのに冒険者達が大勢おり、一部の者は既に酒盛りを開始していた。


 その雑多な雰囲気は彼の故郷には決してなかったものなので、最初は驚いたが慣れれば妙に居心地の良い空間だと思っていた。


「えっと、シキさんは……」


 担当受付嬢のシキを視線で探すフィルの目に、こちらへと向かってくる集団が映る。


「……お、いたいた。よ、ラッキーボーイ! 〝冒険者にとって最も大事な要素は運である〟なんて名言があるが、まさにそれだな!」


 それは顔を真っ赤にして明らかに酔っ払っている冒険者の一団だった。そのリーダーらしき男がにやけながら、フィリに話し掛けた。


 その酒臭い吐息に眉をひそめながらもフィリは、何のことか分からず首を傾げた。


「お前、昨日【遊撃する牙】から追放されたんだろ?」

「な、なぜ……それを?」


 フィリは恥ずかしさで顔が熱くなるのを感じながら問い返す。


「あいつらが、昨夜ここで酔った勢いのままぶちまけていたからな。無能な雑用を追いだしたって」

「そう……ですか」


 これではきっと他のパーティに入るのも難しいかもしれない。きっと自分がいかに無能で役立たずかを喧伝していたであろうことが目に浮かぶ。フィリは、もうソロで頑張るしかないかもしれないと絶望していたが、ふと気が付いた。


「あの、運がどうのってどういうことですか?」

「ん? ああ、お前知らないのか」

「へ?」

「あいつら昨日の夜、帰り道に――。本人達は撃退したって言っているが相当やられたみたいで、しかも肝心の襲撃者を逃がしたとか。ま、あいつら黒い噂もあるし、恨み買ってそうだもんな~。だから、独りでAランクパーティを襲撃するような化け物に襲われる前に、追放されたお前は幸運だなって言ったんだよ。お前、Fランクの新人だろ? 昨日そのまま一緒にいたら死んでたかもなあ」


 男がしみじみそう口にすると、男の仲間がその腹を小突いた。


「お、おい! 噂をすれば……」


 その言葉を聞いて、フィリが振り向くと――


「……お前ら何見てんだ!? 見せ物じゃねえぞ!!」


 苛立ちを隠さない様子でギルドの入口に立っていたのは――ガルドとその仲間達だった。ガルド自身は昨日と変わらない姿だが、女魔術師と重戦士は身体のあちこちに包帯を巻いた痛々しい見た目であり、回復士にいたってそもそもそこに姿がなかった。


 彼ら三人は周りを睨み付けながら入口からまっすぐ進んだ。既にフィリの周囲にいた冒険者達は退散しており、彼らの進路上にはフィリしかいなかった。


「あ、えっと、大丈夫……ですか?」


 目の前まで来たガルドにフィリは恐る恐るそう聞いた。もちろん昨日のことを忘れてはいない。痛かったし悔しかった。だけどそれはそれとして、知り合いが怪我をしていたら心配をしてしまうほどに、彼はお人好しであった。


 しかし――


「あん? 


 ガルドが見下すような目でフィリを見つめると、後ろにいた女魔術師と重戦士に声を投げかけた。


「お前らの知り合いか?」

「は? 知らないわよ。あんたのファンなんじゃないの?」

「知らん。が、見た目はタイプだな……」


 三人の視線を受けフィリは混乱した。その三人の様子に嘘を付いている様子はない。


 本当に、フィリが誰か分からないような態度だった。


「とりあえずどけよ、ガキ。俺らは忙しいんだ」

「あ、はい」


 フィリは言われままに道を譲った。重戦士から気持ち悪い視線を送られたので目を逸らす。


 彼らは酒場の奥にある個室へと入って扉が閉まると同時に、酒場が沸き立った。


「やっぱり、あいつらボロボロじゃねえか!! 回復士は力使い過ぎて倒れたなこりゃ!」

「大方リーダーだけ全快にして、無傷のフリをしてるんだろうな。おい、もう一杯だ! 祝杯だ!」

「良い気味だぜ」


 そんな中、フィリは一体何が起きたのか分からず、ずっと考え込んでいた。


 ガルド達は完全に自分のことを忘れていた。昨日の今日だ。しかもあれだけ悪意を向けた相手をそう簡単に忘れるだろうか?


「なにかおかしい気がする……」


 それは、フィリにとって少しだけ覚えのある違和感だった。それが何だったか思い出そうとしていると――


「フィリ君!!」


 突然背後から抱き締められたのだった。柔らかい二つの物体が背中に当たる感触。


「わわわ! な、なに!?」

「良かった……無事だったのね! 怪我はない!? 大丈夫!?」


 フィリが無理やりその抱擁を解いて振り返るとそこには、冒険者ギルドの受付嬢の制服を着た、一人の黒髪ロングの美女が心配そうな表情を浮かべて立っていた。


 先ほどまでフィリの背中に当たっていたその大きな胸部から目を逸らしつつも、彼はその美女の名前を呼んだ。


「シキさん!」


 それはフィリの担当である受付嬢――シキだった。

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