第19話 二人での充実した暮らし
「では、試し打ちをしてみますね」
木々に囲まれている森の中で、セレスさんが魔力を高め始めた。
その手には、一本の杖が持たれている。
この前手に入れた『宝杖ゴスペルス』の試し打ちだ。
ここは呪いの森。だから森のもの全てが腐っている。
周りに生えている木々も腐って黒く変色しているため、被害を気にすることなく魔法を放つことができるのだ。
それでも、一応、俺たちが拠点を構えた家からは、距離をとっていて。
そして、セレスさんの準備が整い、早速試し打ちを始める。
「……いきます! 失われし大地よ、この杖を通じて魔力を受けよ、『ロスト・ゴスペル』』
「!」
……その次の瞬間だった。
セレスさんの杖から放たれたのは黒と白の魔力だった。
それが杖の先で混ざり合い、一瞬、時が止まったかのように思えた。
「!」
そしてセレスさんが何かを察したのだろう。隣にいた俺を抱きしめると一気に後ろに飛んだ。
その刹那……目の前が消滅していた。
「「!」」
白と黒の魔力が光となり、周囲にあった木々が破壊され、地面も破壊され、天に立ち上ったその魔力の波動がこの辺り一体を包み込む。
そして、遅れて耳が張り裂けそうなほどの爆音が耳に入ってきた。俺たちは咄嗟にお互いの耳を手で塞ぎ合い、衝撃で吹き飛ばされないように、地面にしゃがんで耐えた。
体感では数分ほど続いたその衝撃は、多分、1秒もたたない間に起こったことだったのだと思う。
「……すごい……」
魔力が収まった後、俺はその跡を見て、ただただ唖然とするばかりだった。
元々セレスさんはレベルも高いし、戦闘の際の動きもこの目で見ていたから、きっと魔法の威力もすごいと思っていたけど……まさかこれほどまでとは……。
「なんだか……とっても、魔力が解き放たれました」
魔法を放った本人のセレスさんも、自分でも信じられないといった様子だった。
とりあえず、杖の使い心地はいいみたいだ。
でも、使い心地が良すぎるため、魔力の大きさを調整するのが難しくもあるそうだ。
「シバサキくんがくれたモノなのです。使いこなせるようになりたいです」
大事に杖を胸に抱えてセレスさんが呟く。
そのセレスさんの姿を見ていると、俺も安心できた。
「「あっ」」
そして森に変化も、起き始める。
ごごご、と森全体が振動したと思ったら、先ほどの魔法の衝撃を受けた森の地面が、修復されているみたいだった。
徐々に、込み上がってくる土。
呪いの森の土だから、腐っている土だ。
だから俺はその修復されている地面に魔力を流し、せっかくだということで、地面に侵食するであろう呪いを俺の呪いの加護で打ち消すことにした。これで修復された部分は、呪いを退ける大地になると思う。
「ここに大きな畑を作るのもいいかもしれません」
「あ! いいと思います! 最近、種も増えてきましたから!」
セレスさんが賛成してくれる。
この前から、家の周囲で収穫した作物。それには種があり、一度植えると、収穫しても収穫しても生えてきてくれる。
だから、種は手元にたくさんある。あまり増やしすぎると食べきれなくなるから、考えなしで植えるのはダメだけど、ほどほどの量なら作ってもいいかもしれない。
そんな話しをしながら、俺たちは一旦家に帰ることにした。
この前作った拠点の家だ。
家の周囲には緑が戻っており、この呪われた森の中でここだけが色づいている。まるで、別の場所のようだ。
小さな畑があり、家の出入り口には玄関もついている。あと家の大きさも、前よりも大きくなっている。
ある程度、生活が整ってきた際に、大きくしたのだ。
だから、家の中に入ると、十分な広さの空間が出迎えてくれる。
この森で暮らし始めて、もう数週間は経つけど、ここに帰ってくるとそれだけで体から力が抜けるようになった。
「はぁ……家に帰ってこれました」
隣にいるセレスさんも、安心したような顔をしている。
そして俺の体を抱きしめると、笑顔で頬擦りを始めた。
「シバサキくんと過ごす家です。なんだかやっぱりいいですねっ」
「あ、せっ、セレスさんっ」
「ふふ……っ。こうして確かめているのです。あなたがそばにいてくれることを……」
セレスさんが俺の頭を撫でながら、優しげな瞳を向けてくれる。
最近のセレスさんはいつもこんな感じだ。よく俺を抱きしめながら、頭も撫でてくることが多い。
それは若干なんともいえない気持ちになるのだが……セレスさんの今の顔を見ているとやっぱり俺も安心できた。
この過酷な森で一年もの間過ごしてきたセレスさん。
彼女には、ずっとそんな顔をしていてほしい。
「さてと。それでは、そろそろご飯の準備を始めましょうか。今日の料理当番は私ですので、バッチリ任せてくださいね」
「あ、では、俺は収穫に行ってきます」
その後、俺たちはそれぞれ動き出す。
セレスさんが台所に、俺が家の外の畑に。
等間隔に耕された畑には、育てた作物が色づいている。
「今日はキャベツと豆の出来がいいかもしれない……」
地面にしゃがんだ俺は、まるまると葉をつけているキャベツを見た。
この様子だと、今日か明日ぐらいが食べごろかもしれない。豆もいい感じで育っている。
「あ、シバサキくん、今日はロールキャベツにしましょう」
窓から顔を出したエプロン姿のセレスさんが、キャベツを取りに来たようだった。
俺はキャベツを収穫すると、泥で汚れている外側の葉を剥いて、窓越しにセレスさんに手渡した。
「おっ、これは、いいのができてます」
「いつもよりも水々しいですよね」
「はい。これなら、美味しいのができるかも。あと、お豆もいい感じに育っています」
受け取ったキャベツを見たセレスさんが、喜んでくれた。あと豆も使うとのことだから、豆も収穫した。
その後、台所に戻るセレスさんの後ろ姿を見送り、俺は畑に水やりを始めた。
すぐに、家の中からは、料理をする音と、いい香りも漂ってきて、俺は水やりを終えるとセレスさんのいる台所へと向かうのだった。
これが最近の俺たちの、暮らしの風景だった。
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