第18話 陰謀渦巻く王都 (間話)
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「くそ……、不足の事態ばかり起きよる……」
王都デレクトル城の玉座の間。
そこで、50代ほどの男が険しい顔をしていた。この国の国王だ。
そのそばには宰相が控えており、王の言葉に耳を傾けている。
「『捧げ姫』のフィリスティアのことといい、英雄殿のことといい……上手くいかぬ」
「一年前にこの国から姿を消した、セレス第三王女のこともそうですな」
「うむ……」
王は眉間に皺を寄せる。最近起こっている出来事に頭を抱える。
思えば、一年前に突如、セレスがいなくなったことも、そうなのだ。
この国には、かつて第三王女のセレスという王女がいた。
『捧げ姫』、第四王女フィリスティアの姉に当たる王女だ。
そのセレスは一年前、突如この国から姿を消した。
王城の自室にいたはずのセレスがこの国からいなくなった。
部屋から出た形跡もなく。
当然、総出で探したものの、結局は見つからず。
第三王女セレスはどこにもいなくなってしまった。
理由は不明。
最終的にセレスは死亡扱いになり、この国の第三王女セレス・デクトルは謎の死を遂げたということになっている。
しかし、父である国王は、それに関してはむしろ清々していた。
「あやつは、口を開けば王族の責務だの、国の民たちがどうたらと、簡単に言いおって、口うるさくて鬱陶しかったわい」
第三王女セレスは、王女として、王族として、正しい心を持っていた。
そのこともあり、国民からの信頼はものすごいものだったのだが、それが国王にとっては、やや面倒ではあった。
そして妹であり『捧げ姫』の第四王女フィリスティアが、捧げ姫として犠牲になることにセレスは猛反対もしていた。
自分が代われればいいのに、とセレスはいつも嘆いていた。
しかし、捧げ姫の役割は誰でもいいというわけではないし、今回適性があったのがフィリスティアだったのだ。
だから、セレスは色々動き、どうにか妹のフィリスティアが捧げ姫として犠牲にならずに済むように行動をしていた。
外にも出ることができず、最低限の人と関わることも許されない妹を、救いたいと思っていたのだ。
そして一年前に、そんなセレスがこの国から姿を消した。
諸々の問題はあったものの、王にとってはそれは大したことではなくて、セレスがいなくなったのは、呪神ロスト・ルジアのせいだという結論を出した。
これについては、その通りだった。
「それはいいとして、フィリスティアのことだ」
つい先日、この王都で行った英雄召喚の儀。
そこで第四王女のフィリスティアは、捧げ姫として神に捧げられるはずだったのだが、そうはならなかった。
なぜなら、今回の英雄召喚で、英雄のスキルを取得していた異世界の少年が、捧げ姫のフィリスティアの代わりに生贄となったからだ。
その結果、英雄のスキルを持っていた少年、確か名前を柴裂といったはずだ。その少年は死んでしまったが、フィリスティアは生き残ることができた。
そう、捧げ姫として死ぬはずだったフィリスティアが、今も生きているのだ。
それは、歓迎することなのだが、捧げ姫でなくなったフィリスティアの扱いは面倒なことになっていた。
本来、神に捧げるはずだったその捧げ姫は、王族として政略結婚の道具にすることもできず。
捧げ姫として城の別邸に隔離されていたフィリスティアは、王族としての最低限の知識しか持ち得ていない。どうせ、死ぬことになるため、必要以上の知識は不要だったのだ。
そんなフィリスティアは、捧げ姫としての価値がなくなったとはいえ、ぞんざいに扱うわけにもいかず。
『捧げ姫』という存在を雑に扱ってしまえば、神の怒りをかってしまうかもしれないのだ。
現に一度、数百年前にそのようなことがあった。
その頃から、呪いの神ロスト・ルジアという存在が誕生したような気がする。
だから、『捧げ姫』の扱いには気を配らねばならず、厄介であった。
「こうなったら、あそこで異世界からの英雄殿とともに、引きずり込まれてしまえばよかったものを」
それが国王の本心であった。
国王にとって、異世界人は駒である。
この世界を救うべく召喚した、便利な道具でしかない。そして一人いなくなったとはいえ、他にも高レア度のスキルを持っている異世界人たちは残っている。
国王は異世界から召喚した英雄たちを使い潰す気でいた。
そのために召喚したのだから、この国のために戦え、と。
「して、あやつ、フィリスティアは今、どうしておる」
「なにやら、最近では異世界の少女と関わり合っているようです。あの、スキルが判明しなかったという少女です。如何なされましょう」
「……よい。捨ておけ。くだらん」
せいぜい、余計なことをしなければいい。
役目を終えた捧げ姫に価値はない。そして、あのスキルが判明しなかった少女もはっきり言って価値はない。スキルが判明しなかったなど論外だ。
先日の、スキルの授与の際に、一人だけスキルが判明しなかった少女がいた。
名前は、七宮ひなのという少女だ。
にも関わらず、あのスキルの判明しなかった異世界人の少女は、他の異世界人の心の拠り所となっているらしい、
スキルを持っていなくても、異世界人の中で信頼されている。だから、ぞんざいに扱うわけにはいかない。
だから捧げ姫と、スキルが判明しなかった少女の二人で、使い物にならない者同士で大人しくしておれと思った。
……しかし、王は知らない。
そのスキルが判明しなかった少女、七宮ひなのが、英雄のスキルを柴裂という少年からスキルを譲渡されたことを。
クラスメイトたちからも信頼されて、強大な力を手にしている。
七宮ひなのという少女は、今王国において、もっとも価値のある存在になっていたのだ。
……と、その時だった。
ガタガタガタガタガタガタガタガタガタ……。
「「!? なんだ、この揺れは!?」」
ガタガタと、部屋が揺れた。
「……熱じぃ!?」
その衝撃で、手元に置いてあったお茶がこぼれ、王にかかった。
「も、もしや……、これは英雄の呪い!?」
宰相が顔を青ざめさせる。
「ばかな! そんなこと、あるはずもない!」
王が慌てて、宰相を叱る。
しかし……最近、こんな噂がある。
召喚の間で消えた異世界人。英雄のスキルを手にしていた、柴裂くん。その死んでしまった彼の呪いが、この王都に蔓延していると。
なんでも彼は元の世界であまりいい扱いを受けてはいなかったそうなのだ。そのことで、きっとみんなを恨んでいるのだ。
その結果、現在、クラスメイトたちの周囲と、王の周りでは、よく地震が起きているのだ。
つまり、これは、死んでしまった柴裂くんの祟りなのだ。
柴裂くんは怒っている。だから、クラスメイトたちや王に、祟りを起こして復讐しているのだ。
そんな風に、異世界から召喚された生徒たちが、噂しているのを耳にした。
しかし、王は、その噂を信じれるはずもなかった。
(祟りだの、恨みだの、呪いだのバカバカしい。ただの偶然に決まっている!)
「きっと、死んでしまった英雄殿が、我々のことも恨んでいるのです……」
「お主まで、そんなことを口走るか!」
祟りを恐れて真っ青になっている宰相に、王が怒鳴った。
宰相はお化けが苦手なのだった。
「し、しかし、国王様……。異世界人の彼らが言っておりました……。各々に、災いが降りかかっていると……。何もないところで、転んだ、とか」
「それはただの思い過ごしだ!」
「でも、この地震も、彼の祟りのせいだ……とか。夜、鏡に彼の霊が写っている……だとか」
「それも、偶然に決まっている!」
(そ、そんなはずがあるわけがない……!)
王が怒鳴った。
しかし、内心ではガクブルと震えていた。死んでしまった彼は、英雄なのだ。柴裂くんの祟りが無いとは言い消えないのだ。
……なお今現在起こっている、部屋の揺れは、本当に偶然である。
最近、王都では地震が多いのだ。だから、英雄の祟りなどでは決してない。
しかし、人はやましいことがあれば、何かあった時、その原因を考えてしまう生き物なのだ。これから揺れが起きるたびに、国王は英雄の祟りに怯えていくことになるだろう。
「……まあよい。今は、異世界人の強化を急ぐのが先決だ。魔人の目撃に関する話も耳に入っておる」
「ですな」
宰相が頷く。
異世界人を召喚した目的は、魔人から王都を守るためだ。
だから異世界人には、戦えるようになってもらわなければ困る。
「一番手っ取り早いのは、宝具を持たせれば、異世界人の力も引き出せるかもしれませんな」
「うむ。我が国にかつてあった、『宝杖ゴスペルス』があればいいのだが……」
ーー『宝杖ゴスペルス』ーー
それはこの国の古い文献に載っている、最古の、伝説級の武器だった。
今は失われてしまっており、再び作るのは困難と言える。
それでも、もしその武器があったのなら……! と、国王は『宝杖ゴスペルス』を渇望していた。
……しかし、彼らは知らなかった。
遠く離れた呪いの森。そこで、いなくなった英雄である、柴裂という少年が今も生きていて、その『宝杖ゴスペルス』を発見したことを……。
そして、一年前にこの国からいなくなった第三王女のセレスが、呪われた森であるロストの森で、まさにその『宝杖ゴスペルス』を手にしていることを……。
「「ううむ……」」
陰謀が渦巻く王国から、遠く離れた呪いの森。そこに、欲するものあることに知る由もなく。
王と宰相は、悩み続けるのだった。
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