第17話 呪いの森でのスローライフ


「すごい……。本当に家のような空間ができています……」


 セレスさんが空洞の中を見て、感心したように呟いた。


 黒くて頑丈な壁。叩いても、ちょっとやそっとでは破壊されないと思う。

 ボコっと大きく盛り上がった地面を魔法で爆破した結果、出来上がったのはそんな空間だった。


 見事に中身だけくり抜かれていて、大きさは、結構大きい。

 俺とセレスさんが二人で入ってもかなり空間が余っている。少し大きな家の、ひと部屋分の広さはあると思う。


 俺には呪いの加護があり、魔力も呪われたものになっている。そしてその魔力は、良くも悪くもこの呪いの森のものに対し、時には有利に働くようでもあった。


 例えば、このくり抜かれた空間の床。そこに魔力を流せば、地面の土が変化し、硬い床になる。まるで大理石でできたような床に、だ。


 同じように、壁にも魔力を流し、崩れないように形作る。そしてこの森の呪いを、俺の呪いで反発させて打ち消せるように変化させていく。


 そうすれば、とりあえずは家のような空間の完成だ。

 これで一応は、森の生活でも、外敵から身を守ることができるはずだ。


 そして、このまま住むには少し住みずらいだろうから、あとは、他にも色々と用意したほうがいいと思う。


「今の段階でも、もう十分すぎるほどですよ……。だって、こんな、家が……っ。うう……っ」


「……せ、セレスさん」


「す、すみません”……。安心したらなんだか、気が抜けてしまいまして……」


 目元を拭くセレスさん。


 ……やっぱり気を張り詰めすぎていたのだろう。

 そんなセレスさんが、ゆっくり休めるようにしたいと思った。



 * * * * *



 そして、それからの俺は、この森での生活を少しでも安らげるようにするべく、色々行動を始めた。


 森から出る方法がまだ分からない以上、とりあえずは、普通に生活できる場所を作った方がいいということになり、セレスさんもあった方がいいものをいくつかあげてくれた。


 まずは、寝床と食事だ。

 寝床はとりあえずは、森で拾った草木を床に敷いて、その上に布をかけるといった寝床で乗り越えることにした。とはいっても、この森で集められる草木は腐っているため、快適さは期待できない。


 そこで、使用するのは呪いの魔力だ。

 俺はまだあまり魔力の使い方が上手いわけでも、使いこなせるわけでもないから、常に魔力を意識しながら生活するようにして、数日経つ頃にはある程度は使えるようになった。魔力も自分の体の一部だから、一度意識してしまえば、ロストルジアさんが俺の体を前に修復してくれたことも相まって、馴染ませることができるようになっているようだ。


 そして、森に生えている木に触れて、俺の魔力を注ぎ込んでいくと、変化が起こった。


「み、緑が……芽生えました!」


 生命の誕生を見守るかのようなセレスさん。

 目の前には、この腐った森の中で、徐々に緑を取り戻していく腐った木の姿があった。


 この森に生えている木は、呪いの影響で腐っている。

 しかし原因を取り除けば、緑を戻すことができるようだった。


 それが分かれば、やりようはある。


 俺は拠点の周囲に魔力を流していき、この辺りの腐っていた緑を復活させていった。


 そして、それで出来たものがあった。


「……家具が……できてます!」


 ベッドや、テーブルや、食器だ。全て木製だ。


 腐った木が普通の木に変化できるようになったから、それを使用して、木製のモノを用意することができるようになったのだ。


「不恰好ですけど、とりあえずはこれでいきましょう」


「全然、不恰好なんかではないですよ! だって、すごい……。この森にこんなものができるなんて……」


 感極まった様子のセレスさんが、泣きそうになっていた。


 その手元には、とある物も持たれていた。


「水もあります……」


 そう、水だ。

 濁った水ではない。澄んでいる綺麗な水だ。

 透明な輝きのその水には、汚れ一つ浮いてはいない。


 この家の近くにある水場。

 木にやったのと同じように、あの濁った水が溜まっている水場に魔力を注いだ結果、なんとか水を浄化することができたのだ。

 それにより、綺麗な水を飲むことができるようになった。


 一応、この森にも雨は降る。その雨の水は、ここの濁った水に比べると綺麗な方ではある。

 だから今までのセレスさんは、たまに降るその雨を活用していたりもしたとのことだった。


 もちろんそんなに都合よく雨が降るわけでもないし、その雨はこの森の空気に触れた瞬間、じわじわと呪いに汚染されていく。

 それでも、ないよりはあった方がいい雨だ。セレスさんは雨の日はその雨を浴びて、服や体の汚れを落としていたりしたようだ。


 彼女はあまりその時のことは、語りたくはない様子だった。そして、そんな諸々が解決し、綺麗な水を確保できるようになった今、セレスさんは水を飲むたびに、涙を流すようにもなっていた。


「美味しい……、本当に美味しいです……」


「セレスさん……」


 あと、水もあるということで、家の中に風呂も作ったりした。


 そして水の他に、食料のことについてもどうにかしようと思った。


 この森に住んでいる魔物の肉も食べれないわけではない。俺も一度、実際に口にしてみたりした。だけど、進んで食べたいとは思わない味だった。焦げている何かを食べている気分になった。

 だから、家の周りに畑を作ることにした。


 これに関しては、奇跡が起こった。

 朝起きたら、枕元に種のようなものが置かれていたのだ。


「「……種がある」」


 ……多分、ロストルジアさんがくれたのだと思う。

 今もどこかで見守っていてくれる彼女が、助けてくれた。そう、思うことにした。


 一応、この森に来てからというもの、ロストルジアさんの声もちょくちょく聞こえていたけど、その種を貰って以降は、ほとんど聞こえなくなった。微かに聞こえることもあるけど、それだけだ。


 多分、そうやって助けてくれた際に、彼女は力を使ったのではないだろうか。だから、その反動で、声が届きにくくなっているのではないだろうか……。ロストルジアさんもロストルジアさんで、自由になんでもできるというわけではないみたいなのだ。


 それでも、そうやって助けてくれた彼女に俺たちは感謝を捧げ、大事に種を植えることにした。

 家の周りの土も、呪いの加護のおかげで浄化することができたため、そこに畑を作り、そこでの栽培だ。


 成長は想像以上に、早いもので、芽は三日ぐらいで出て、そこから数日待つこともなく収穫までできるようになった。

 できたのは、キャベツのような野菜と、にんじんのような野菜。あと、穀物のような不思議な野菜もできて、それを潰して練り込むと、団子のようなものを作れることが判明した。


 そしてそれぞれ収穫しても、またすぐに芽が映えるようになっているようで、食料は安定して確保できるようになった。


「美味しいです……、胃の中に食べ物が染み渡っています……」


 固形物を口にできるようになったことに、セレスさんがもう一度涙を流していた。



 そして、さらに数日経つ頃には、家の中は充実して、普通に暮らせるようになった。

 外に出て色々散策をしていると魔物と戦闘をすることにもなり、その度に、それを倒し、そして呪いの加護のステータスの影響で俺は相手のスキルも得ることができるみたいだった。


 例えば、この森の呪いを無効化する『呪い無効』とか、外敵を退ける『遮断』のスキルとか。


 魔物にもスキルを持っている個体がいるらしく、その魔物を倒せば、俺もそれを使えるようになるみたいなのだ。


 それを使えるようになったことで、さらに家の周囲の守りを固めることができて。

 家自体に『呪い無効』と『遮断』のスキルを使うことで、この森に充満している呪いの影響を受けることもなく、セレスさんも落ち着いて生活ができるようになっていたのだった。



 そして、森の中でこんなものも発見した。


「あ! それは森で拾った武器ですか!?」


「はい。たまに落ちてますよね」


「そうですよ! この森には、そういう武器が眠っているのです。でも呪われているため、扱いには注意しないといけませんが……シバサキくんならその呪いも無効化できるかもしれません」


 家の中、ベッドに腰掛けたセレスさんが、俺が持ち帰った物を興味深そうに見ている。

 自然にセレスさんは俺の呼び方も変わっていた。この森で生活するうちに、お互いに打ち解けていった。


 そして俺の手にあるのは真っ黒な棒状のような物だ。

 この森で拾ったものだ。この森には、探せば、いろんなものが眠っているのだ。


 でも、これは、ちょうどいいかもしれない。

 この形、恐らく武器の類だろうと、予想できる。

 俺たちの武器は心許ないし、セレスさんも武器には困っていると言っていた。


 だから、俺はその武器に魔力を流し、武器を浄化していった。


 すると、出来上がったのはこんな武器だった。



 ・「『宝杖ゴスペルス』」



 色は赤紫色。手に握れるぐらいの杖だ。


「おおぉ……。これは、すごい杖です……。確か、王都の古い文献にも、似たようなものが載っていたような気がします」


 セレスさんが呟く。そして彼女がその杖を握っても、呪いの悪影響を受けることもなく、握れるみたいだった。


 それならということで、この杖はセレスさんに使ってもらうことにした。


「ぜひ、セレスさんに」


「いいのですか……?」


「はい。よろしければ、セレスさんに使ってほしいです」


「あっ、ありがとうございます……。こんなプレゼントまで頂いて……、家も、水も、食料の問題も解決してくれて……。シバサキくんが来てくれてから、私、とっても幸せです……。ありがとっ、大好きっ」


「あっ、ちょっ、セレスさん……」


「んふふ……っ」


 手に『宝杖ゴスペルス』を持ったまま、ぎゅっと俺を後ろから抱きしめるセレスさん。

 その顔には安らいだような笑みが浮かんでいて、そんな彼女の姿を見ていると俺もなんだか安心することができた。

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