第16話 呪いの森と、これからのために。


「気をつけてください……! 次が来ます……!」


 絶え間ない足音。降り注ぐ魔物の血。

 俺とセレスさんは迫ってくるその魔物たちを、次々に蹴散らしていく。


 どうやらこの森では、一度戦闘が始まれば、他の魔物たちが寄ってくるとのことで、しばらく倒し続けないといけないとのことだった。


「恐らく、倒された魔物の魔力が周りに撒き散らされて、その影響で寄ってくるのだと思われます」


 腰を低くして構え、剣を一閃するセレスさん。そうすると、彼女の前にいた魔物が数体同時に切り刻まれた。

 この森にいる魔物は、全て全体的に黒く、どこか粘り気のある魔物だ。その血が地面に飛び散ると、地面がぼこぼこと沸き立って、悪臭を放っていた。


 そんな中で、俺たちは剣を振り、敵を退け、お互いにお互いを守りあいながら戦い続けた。


 そして、数十分経つ頃には、集まってくる魔物は全て抹殺していた。


「ふう……これで終わりでしょう」



【名前】紫裂しぐれ Level −0

【種族】人間(異世界人)

【スキル】なし ★

【装備】

 ・武器 なし 

 ・防具 なし 


 H P 1/23562(23562↑)

 M P ∞/∞

 攻撃力 1 (36600↑)

 防御力 1 (23174↑)

 素早さ ー/ー

 運 ー10000000



「あなたのステータスの伸びがすごいことになっています……」


 戦闘後、俺がステータスを確認していると、セレスさんが苦笑いをしていた。

 俺も同じような顔をしていると思う。


 お互いにステータスを確認し合い、セレスさんのステータスも見させてもらうと、さっきの戦闘でレベルがかなり上がっていた。俺のステータスも上がってはいるけど、気になるのはレベルが変わっていないということだ。


「レベルが上がらずに、基礎能力も上がってはいないようですね。だけど、ステータス自体は激増しています。恐らく、倒した魔物のステータスがそのままあなたのものになっているのだと思われます」


「多分、呪いの加護を受けているから、そうなっているのかもしれません」


「……羨ましい!」


 セレスさんがキラキラとした目を俺に向けてくれた。


 さっき、俺の頭にはロストルジアさんの声が聞こえていたけど、セレスさんには聞こえないらしい。聞こえたのは以前、この森にやってきた際の一度きりとのことだった。


「でも、そのロストルジアさんが、セレスさんのことをすごいと言っていました。この呪われた森にいるにも関わらず、その強さは信じられないほどだと」


「……本当ですか!? 今まで頑張ってきた甲斐がありました……」


 拝むように、泣きそうな顔で手を組むセレスさん。


 頑張ってきたんだ。この森で。

 さっきのでも分かった通り、この森は魔物がなんだか不気味だ。

 血も緑色だし、その血には恐らく、溶解作用とかもありそうだ。

 そんな森で戦ってきたセレスさんは、どれだけの困難を乗り越えてきたのだろう。


 それに、この森には食べ物とかもなさそうに見える。


 そして彼女は決して、余裕がありながらこの森で過ごしているわけではないようで……。


「う……」


「あっ、セレスさん」


 ぐらついたセレスさんの体。俺は駆け寄り、倒れないように支える。

 するとセレスさんが俺に身を預けながら、体から力を抜いたようだった。


「セレスさん、大丈夫ですか……?」


「……すみません。少し疲れが出てしまいました。今日は特に呪いの影響が強いですから……。この森では日によって、呪いの種類が変わるのです……」


 セレスさんが教えてくれる。


 例えば、体力の消費がいつもよりも早い、とか。

 体が重くなるとか、息苦しくなるとか、この呪われた森ではそういう悪影響が日によって変わるらしい。


「いつもこんな感じなので、もう慣れたのは慣れました……。いつもと違うのは、こうして受け止めてくれる人がいるということです」


 そう言って、俺の体を抱きしめ直すセレスさん。

 どこか安心したように、強く抱きしめてくれていた。


「とりあえず……、どこか安全なところに移動しましょう」


「それなら、水場が近いところがいいと思います。私が拠点にしているところに行きましょう。こんな森ですから、毎日野宿ですが、そこなら水も確保できますし、他の場所よりはマシです」


「分かりました」


 それから俺たちは移動を開始した。


 俺はこの森の呪いの影響を受けていないため、話し合った結果、目的地までセレスさんを背中に抱えていくということになった。

 初めて出会った時とは逆だ。あの時はセレスさんが俺を抱えて走っていてくれた。だから、今度は俺が。セレスさんは妙に嬉しそうに俺の背中を掴んでくれているようだった。


「ふふっ。あなたの背中は無性に安心する温かさがあります」


 そんな彼女の言葉を聞きながら、俺は彼女の案内で、水場の拠点へと向かっていく。


 道中は、魔物と出くわさないように気配を消しながら、歩くことにした。周りを見回してみると、ちらほらと気配を感じ取れる。この辺りは魔物の数が少ない方ではあるらしいが、それでも油断はできない。


 そして森の中を見ていると、改めて思った。人が住める場所ではない……と。セレスさんは一体どうやってこの森で一年間も生き延びてきたのだろう。

 水場はあるとのことだけど、やっぱり食べ物とか無さそうだし、食料とかどうしていたのだろう……。



 そして……水場に到着して、俺は思い知った。


「水場は……ここですか」


「はい。飲める水はここだけです」


 どう見ても、濁っている水だ。

 それも、ただ濁っているだけではない。粘り気があり、ドロドロの、黒く変色している水だ。


「食べ物は……」


「……食べ物は、ありませんでした」


 虚な目をして言うセレスさん

 その顔は覚悟を決めた人の顔だった。


 俺は水場に近づき、水を一口くちに含んでみる。

 ……これは、飲めない水だと思った。


 そんな水しかない森に、セレスさんはずっといた。王女である彼女が、だ。

 それでも、彼女はこの濁った水をすすり、生き延びてきたんだ。妹のフィリスティアさんを救いたい一心で。


 ……改めて思い知った。彼女はどれだけの覚悟を持って、この森にいたのかということ、を。


 魔物もいる森だ。気を抜けない。寝ることもままならないんじゃなかろうか。


「この森の出口は分かりますか……?」


「いえ、恐らく、この森には出口はないと思われます。普通では出られないのでしょう。少なくとも、歩いて出るのは無理そうです。方法も調べましたけど、未だに分からずじまいです……」


 だったら、なおさらだ。

 出口も見えない。先も見えない。それは……恐かったのではないだろうか。


 そして、セレスさんが拠点として使っているという場所にたどり着くと、そこは何もない場所だった。

 ただ地面が他よりもほんの僅かにマシに見える場所で、彼女はここで布に包まって、疲れた体を少しでも休めていたそうだ。


 それにしたって、休まるはずがないと思う。常に警戒しながら、この森には呪いもあるとのことだから、日によって違うその呪いの影響を受けながらで、十分な休息なんて取れるわけがない……。


 それでも、セレスさんは真っ直ぐな顔をしている。


 ……この人は、どれだけの強さを持って過ごしてきたのだろう。


「とりあえず……拠点があった方がいいですよね。森から出られないのなら、その算段がつくまで、安全に過ごせる場所が」


「いいですよね、拠点……。お手洗いとかあるとよかったです……」


 まるで夢を語るように、欲しいものを告げるセレスさん。


 今の口ぶりからすると、セレスさんは一度作ろうとしたのではないだろうか。そして諦めたのではないだろうか。


 でも、諦めるのも無理はないと思う。なぜならここは呪いの森だ。色々不足しているからだ。


 それでも、だ。

 この世界には魔法があって、俺は呪いの加護を受けているんだ。


 だったら、どうにかしたいと思った。彼女には少しでも休んでほしいと思った。


 そして、ちょうど近くにボコっと大きく、盛り上がった地面があった。


「セレスさん、あそこは……」


「あそこは……なんでしょうかね。あそこだけ、土の質が違うんですよ。この森の土はどろっとしていますけど、あそこはものすごく硬いです。私が武器で突き刺しても、刃は通りませんでした」


「つまり頑丈……」


 それなら、使えるかもしれない。


 そう思いながら俺は、その場所へと向かい、手に握った武器にできるだけの魔力を集中させながら突き刺した。


 そしてーーここだ。


「『ロスト・ボルテックス』」


「!」


 その次の瞬間、盛り上がった硬い地面の中で爆発が起きて、その先に希望が見えてくるのだった。


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