第13話 あの子は私の妹です……。


 走っている。


 腐った木が何本も生えている森の中を。桃色の髪の少女が、俺を肩に抱えて。


「落ちないでくださいね」


『グガアアアアアアアアアアア!!!』


 後ろからは黒い魔物が襲ってきている。それが咆哮を上げて、ブレスまで吐いてきた。灼熱の黒いブレスだ。

 彼女はそれを避けるために横に飛び、見事に敵の攻撃をかわしていた。ブレスが通った後は、一面どろりとした黒い泥のようなものがボコボコと沸き立っていた。


 ここは、呪いの森だ。地面もぬかるんで、土自体が腐っているみたいだった。その名の通り、呪われていて、何もかもが腐っているように見えた。


『グガアアアアアアアアアアア!!!』


 そんな森で、魔物が再びブレスする。


 それを彼女はかわす。


 肩に抱いている俺をその辺に放れば身軽になるのに、そんなことはせず、俺を守ってくれているようで、もちろん、俺は彼女とは面識はない。それなのに、彼女はこうして危険を冒してまで守ってくれている。


「あなたはさっきまで動いていませんでしたから、絶対安静ですよ」


 そう気遣うことまで言ってくれている。


 そしてチラッと後ろを見ると、敵との距離を測っているようだった。


「このままだと、逃げるのは厳しいかもしれません。爆薬と煙幕を使います。少しの間、息を止めていてください」


 シュッと擦れる音がしたのと同時。

 彼女の手には、筒状のモノが。導線の紐の部分が燃えており、彼女はそれを後ろへと投げた。それは敵の口内へと侵入し、一気に爆発した。


『グガアアアアアアアアアアア……!!!』


 もがき苦しむ魔物。


 彼女は、追加で、投げて、投げて、もう一発投げた。

 その度に、爆発が巻き起こる。


 そして、最後。

 もう一つ、筒状のものを取り出して、


「耳を押さえてください」


 その瞬間、爆風が森の中を駆け抜けた。

 魔物は一際大きな爆発に飲み込まれていた。


 彼女はそれを確認すると、その魔物を置き去りにしながら、俺を改めて肩に抱き直して、地面を蹴って走り続けるのだった。



 そして、数分後。



「ここまでくれば安全ですね」


 森の中にあった岩陰に身を潜めながら、彼女は一息ついていた。

 その隣には俺もいる。


 煙幕の効果が効いたのだろう。

 さっきの魔物は今の所、撒くことができたようだった。


「あの、助けてくださりありがとうございました」


 俺は彼女にお礼を言った。


「いいえ。これは当たり前のことです。あなたを見つけたのも、きっとそういう縁だったのです。何より、まだ安全というわけではないですし」


 彼女が髪を整えながら、俺から目を離すことなく、こっちを見ている。


 桃色の髪の少女だ。金髪がピンクがかっているような色合いの、背中まで伸びている綺麗な髪だ。

 年は俺よりも少し年上に見える。身長も高い。そんな彼女は、どこか仕草の一つ一つが上品に見えた。


 そして、とりあえず、確認だ。

 ここはロストの森という場所だと、ロストルジアさんは言っていた。


 さっき、彼女の背に抱かれながら周りの様子を見たことからも分かる通り、呪われた森というのはその通りだと思った。


 腐っているのだ。植物も、土も、空気も。

 花にも色がついていない。空気も濁っている。ここにいるだけで、息苦しさのようなものも感じてしまう。


 だから、目の前にいる彼女がこの森にいるのは、なお不釣り合いに見えた。

 俺も多分、人のことを言えない。何より、この森は人が住める環境ではないと思う。


「では、ひとまず……お互いに名乗り合いましょうか」


 目の前にいる彼女が、やや視線を鋭くさせながら口を開いた。


「こんな場所ですから、それが一番大事なことです。今のところ、あなたが味方なのか、敵なのか、私には分かりません。なにより、こんな場所に一人でいるということ自体が怪しいですから。お互いに無事なのはよかったですけど、それだけです」


 よく見てみると、彼女の手は武器のような物に添えられているのが分かる。


 でもそれは当然の考えだ。怪しいのは、自分でもそう思う。

 だけど、それにもかかわらず、彼女はここまで俺を守ってくれていたんだ。見捨てることなく。それは、容易なことではないだろうに、だ。


「俺の名前は柴裂です」


「シバサキさん……。素敵な響きの名前です」


 彼女が俺の目を見たままで、コクリと小さく頷いてくれた。


「私の名前はセレス。セレスとお呼びください。そして、次はこの森にいる要件です。私は妹を救うためにここにいます。大切な妹なんです。絶対に犠牲になんてさせたくありません」


 拳を握り、覚悟を決めた瞳で言い切る彼女。


 直後、彼女の目が桃色の光を帯びた。


「では、次はあなたの番です。あなたが、ここにいる経緯をお話しください。嘘をついてはいけません。この目で全て見破れますから」


「見破れる……」


「ええ、全て見破れます。嘘をついたら、あなたは即死します。そして今この瞬間から、私と目を逸らした瞬間、あなたに災いが降りかかることになります。この森は呪いが蔓延る森ですので、私があなたを呪い殺してしまうかもしれません」


 彼女は決して脅しで言っているわけでもなく、その瞳には本気でやるぞという決意が込められているように見えた。


 でも、そうなると、俺が異世界からこの世界に転移したことから話さないといけない。


「……どんな話でも信じてくれますか?」


「誓います。嘘をつかない限り」


「分かりました。では……お話しします」


 隠しても無駄なのなら、隠さずに言った方がいいこともあるかもしれない。


 何より、ここまで守ってくれたんだ。そんな彼女に対しては、嘘はつきたくはないと思った。


 そう思った俺は、彼女に経緯を話すことにした。


 まずは、異世界に召喚されたことから。

 召喚した国が、王都デレクトルという国だということ。

 そこで、第四王女フィリスティア様が、『捧げ姫』として、スキルの代償として、この森に引きずり込まれようとしていたこと。


「……少々失礼します」


 そこまで話した際に、彼女は俺の頬に手を添えて、眉間にシワを寄せていた。

 彼女の手から魔力のようなものを感じる。恐らく、魔法か何かで俺の頭の中を読み取っているのだと思う。


「……っ」


 そして、数分後。

 彼女、セレスさんが泣き出しそうな顔になっていた。


「では……あなたは、その第四王女フィリスティアの代わりに、この森へと引きずり込まれたということですね……?」


 俺は恐る恐る頷いた。


 その瞬間、彼女の瞳からぽろぽろと涙がこぼれ落ちていた。


「妹です……」


「妹……」


「その子が私の妹なのです……。第四王女……フィリスティアが私の……妹なのです……」


 そして涙を流しながら、改めて彼女が名乗ってくれる。


「私の名前は第三王女セレス・デレクトル。あの子の姉で……『捧げ姫』として生まれた、あの子のことを、この森で待っていたのです……。助けたかった……。我が国のしきたりであの子が犠牲になるのを……。でもっ、あなたが助けてくださっていた……っ。ほ、ほんどうにあり”がどう”ございます……」


「あ、ちょっ……むぐ……っ」


 むぎゅっと、俺の体を抱きしめる彼女。


 く、くるしい……。


 泣きながら、彼女が苦しいぐらいに俺を抱きしめる。

 彼女の胸に顔を埋める形になっている俺の額に、彼女の涙がぽつぽつと落ちていて。


 それはどこか暖かくて、王都で見たフィリスティアさんの涙にそっくりだと思った。

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