第6話 王女様と英雄様。


 街の中に広がっているのは、中世ヨーロッパ風の風景。

 石畳の床、その上を行き交う人々。

 ドレスを着た人が多数いて、武器を持っている冒険者と呼ばれている人たちも多数いる。


 城から出て少し歩けば、大通りにたどり着き、そこには屋台なんかも並んでいた。


「改めてご紹介します。ここは王都デレクトルです。そして私が第四王女フィリスティア・デレクトルです!」


「「「……王女様!?」」」


「!」


 ざわざわと。

 堂々と告げられたフィリスティアさんの言葉に、街の中がざわつき、注目が集まる。


 とりあえず俺は彼女の手を引いて、広場のような場所へと向かった。


 でも、そう……。彼女は王女様なのだ。

 そんな彼女が、堂々と制服姿の俺、つまりこの世界ではあまり一般的ではない格好をしている俺と一緒にいるのだ。余計に目立つと思う。


「あの、フィリスティア様……よろしいのでしょうか」


「ふふっ。王族が、普通に婚約者でもない男性と二人で連れ歩いて、ということを心配してくださっているのですね」


「は、はい……」


 そういうのには、厳しいのではないだろうか。


 しかし、彼女は微笑むと俺の腕をぎゅっと抱きしめた。


「心配してくださりありがとうございます。でも、大丈夫ですよ。王族と言っても私は普通の扱いとは違います。そして、今回だけ許可を頂いていますので、問題ありません。だから、デートです。英雄様とデートです」


「で、デート……」


「デートですよっ。だから……私のことはぜひ、フィリスティアと呼んでいただきたくて……」


 頬を赤く染めて、もじもじと身をよじるフィリスティアさん。


 そんな彼女は、やっぱり邪気がない。

 澄んでいる。心が。言葉が。まっすぐに感じる。


「それに……実は私は、このように街中に出るのは初めてなのです」


「……そうなのですか?」


「はい……。ずっと城の中で過ごしてきました。15年間、ずっと……。だから、こうして、自分の足で街の中に出られるのは嬉しいです……」


 そう言った彼女は、柔らかく微笑んでいた。


 街に出てからというもの、彼女はずっと楽しそうに周りを見回したりしていた。

 ……15年間、城の中で過ごしてきた……。そして今の彼女の表情を見ていると、ずっと心待ちにしていたのが伝わってくる。


「それに……英雄様と一緒に街の外に来ることができました。私、ずっと憧れていたのです。英雄様に……。御伽噺や伝説を聞くたびに、いつか英雄様に会える日々を心待ちにしておりました。そしてあなたに会えました。イメージ通りの方でした」


 人懐っこそうな顔を向けながら、改めて俺の腕を抱きしめるフィリスティアさん。


 心の底からの笑み。そして喜んでいる。


 俺のことを英雄様、と呼んで。

 尊敬する目、で見てくれている。


 分かっている。彼女がそんな目を向けてくれる理由は、俺のスキルにあるのだ、と。


 俺が偉いんじゃない。

 スキルが偉いのだ。

 そのスキルがあるから、彼女はこうしてくれているのだ。


「……とか、思っていますね? 英雄様っ」


「わ、分かるんですか……?」


「ふふっ。分かりますよ。英雄様は色々気遣いをしてくださる人です」


「べ、別にそういうわけでは……」


「ふふっ。でも、そんな英雄様だから、私も安心できます」


 俺の顔をじっと見て、可笑しそうに微笑むフィリスティアさん。


 その顔を見ていると、俺も思った。


 できるのなら、俺もそう振る舞いたいと。


 英雄とかは、もちろん分からないけれど。

 あのスキルの鑑定の前。俺のスキルが英雄だと判明するよりも前から、彼女は優しかった。転んだ俺に、駆け寄ってきてくれた。あれが……嬉しかった。


 だからそういうのは、できるだけ返していきたいと思った。


「では行きましょう。英雄様っ」


 彼女に腕を抱かれ、俺は歩き出す。

 このまま歩けばどうやら街の外にも行けるみたいだ。


 視線を向ければ、街を囲む大きな外壁が見える。


 そしてフィリスティアさんは、どうやら街の外にも行ってみたいとのことだった。


「実は、私、街の外に行ってみたいのです……。街の中だけではなく、街の外に行くのも初めてなので、せっかくなら英雄様と共に……。危険もありますけど……」


「街の外……。魔物とかいるんですよね」


 その他にも、街の外といえば危険はあるだろう。

 そんな場所に、今まで城から出たことがなかった王女様が行く。異世界に来たばっかりの俺と二人で、だ。


 彼女もそれが分かっているようで、耳が赤くなっていた。思い切って「街の外に行きたい」という願いを言ってくれたのだ。


「私、今、とっても無茶なお願いをしてしまっています……」


 そう言った彼女は申し訳なさそうな顔をしつつも、しかし、どこか高揚感を感じているようでもあった。


「これは、いけないことです……。でも、英雄様がそばにいてくださるのなら、どんな危険なことからでも守ってくれると信じています。とっても身勝手です……」


 つぶやくフィリスティアさん。


 身勝手とは思わない。

 なにより、彼女はなんのあてもなくそう言っているわけでもないのだ。


「……確か、この『英雄』のスキルがあれば、なんでもできるんですよね」


「はい。魔法を使い、剣を使い、あと、伝説級の武器や防具をその身に纏うことができると思います。【装備】と唱えてみてください」


「【装備】」


 道の脇に移動して、俺は唱える。


 その瞬間ーー。

 白い光に包まれていて、その光が収まると同時、俺の格好が変わっていた。



「「おお……!」」



【英雄装束スピグリーズ】☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 精霊神、妖精神、神、幾多の神々の加護がこめられし装備。


 神剣レジェンドソードを、使用可能。



「まさに! 英雄様の! 格好です……!」


 白系の服だった。ローブ。足元には、黄金に輝くブーツがある。

 さっきまで高校の制服だったのに、高級そうな服へと変化していた。


 あと、俺の手には、一振りの黄金の剣が輝いていた。



【神剣レジェンドソード】☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 神々をも超える一撃を放てる剣。

 その剣は、すべてを切り、人の心を斬るだろう。


「「おお……!」」


 レジェンドソード……!



「英雄様、ステータスステータス! ステータスも確認しましょう!」



【名前】紫裂しぐれ Level 1 

【種族】人間(異世界人)

【スキル】英雄(神)☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

【装備】

 ・武器 神剣レジェンドソード ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 ・防具 英雄装束スピグリーズ ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


 H P 9999/9999

 M P 9999/9999

 攻撃力 9999/9999

 防御力 9999/9999

 素早さ 9999/9999

 運 99


【能力】あらゆる魔法、剣術が使用可能。全ての加護も付与されている。



「「おお……!」」


 あらゆることが限界まで!


「英雄様っ、これなら、私、外に行っても大丈夫ですよね! 私、お外に行って英雄様の力を見たいです! 英雄様に守っていただきたいです!」


「これなら……いいかもしれない」


「やった〜!」


 ぎゅっと、俺の腕を抱きしめるフィリスティアさん。

 心配なんて、吹き飛んだ。今なら、なんだってできそうだ。



 そして、俺たちは街の外に出た。


 広がる広大な平原。地平線が、彼方まで広がっている。一面緑で、遠くにはうっすらと山が見える。


 息を吸い込めば、新鮮な空気が肺いっぱいに入ってくる。気持ちのいい景色だった。


「これが……! 外の世界……!」


 初めて外の世界にやってきたフィリスティアさんが目を輝かせて、空を眺めていた。


 一見平和でのどかな風景だ。

 だけど、数百メートル先。


「見てください英雄様! 魔物です!」


 森の付近に、一体の魔物の姿があった。

 猪のような魔物だ。それがこっちへとやってきていた。


「あれはグレイトボアです。森に住む魔物で、肉食獣です」


 フィリスティアさんが教えてくれる。

 俺はそんなフィリスティアさんの前に出ると、剣を構えた。


『グホオオオオオオオオオオオオォォ!!』


 輝く刀身。

 その名も【神剣レジェンドソード】。


 そして俺は地を蹴り、敵に肉薄して、横から一閃した。


「す、すごい……」


 ……空気が切れていた。

 一瞬遅れて、魔物が木っ端微塵に消滅した。



 ーー『魔物の討伐を確認しました』ーー



 敵を倒した直後、頭の中にはそんな言葉があった。

 リザルト画面のようなものだ。

 それで確認してみると、ステータスにも色々と変化が起きているみたいだった。


 ……でも、それと同時に感じるものもあった。


「……うっ」


「英雄様!? どうされましたか!? どこかお怪我を!? 大変! 今すぐ回復を」


「あ、いえ……ありがとうございます」


 慌てて心配してくれるフィリスティアさんに、俺は平気だと告げて立ち上がった。


 ……少し目眩がしたのだ。

 魔物を倒したからだ。……殺生をしてしまった。

 それがたとえ魔物でも、元の世界ではこんなことはあまりなかったから、何も思わないわけではない。


 でも、やっぱり異世界だ。

 多分、こういう気持ちもすぐに慣れてしまうだろうのだろうか。


「英雄様、また森から魔物が出てきています」


 見てみると、森から魔物が。

 俺は剣を握ると、地面を蹴って、横から一閃。こっちにやってきていた魔物を倒せていた。


「しかし、おかしいです……。この森は定期的に冒険者や騎士が討伐隊を組んで、見回りをしているはずです。それなのに、魔物が森から出てくるなんて……」


 フィリスティアさんが呟く。

 そうすると、再び森から魔物の姿があった。


「これも近年耳にする魔人の影響でしょうか……」


 ……その時だった。

 森の中から、人の声と戦闘音が聞こえてきて、木を薙ぎ倒しながら近づいてくる魔物の姿があった。


『! 森の外に出ちゃうよ! それに……人がいるよ!?』


『どうにか森に留めておきたかったのに……!』


『敵が硬すぎる……!』


 一際大きなグレイトボアがやってきていて、それを追う人の姿が。あれは恐らく冒険者なんだと思う。


「フィリスティアさんは俺のそばに」


 俺はフィリスティアさんの前に出て、剣を握り、上から一閃。


 直後、敵が消滅していた。


『『『……すご!?』』』


「さすが英雄様ですっ」


 やってきた冒険者の人たちが安心したような、それで驚いたような顔をしていて、俺のそばにいるフィリスティアさんが俺の背中を抱きしめるのだった。


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