第7話 この世界で暮らしてきた冒険者


「「「助けてくださりありがとうございました!」」」


 目の前にいる3人がそう言ってお礼を言ってくれた。

 彼女たちはさっきまで、魔物と戦っていた人たちで、どうやら話を聞くところによると、依頼を受けて街に帰る途中だったらしく、そこでさっきの魔物の気配を感じ取ったそうだった。この森の近くには王都もある。そういうこともあり、被害を出さないために、3人で討伐しようとしていたみたいだった。


「本当に助かりました! あのままだと、私たち、多分倒せなかったですもん!」


「依頼帰りで疲れてたもんね……。死ぬかと思った……」


「それにさっきの魔物、とっても皮膚と肉が硬くて、私たちの攻撃が聞かなかった……。私たち、これでもBランク冒険者なのに」


「もしかして、あなたたちは、最近話題の冒険者パーティーの『白夜のトライアングル』ではないですか?」


「知ってくれてるんですか!? ……って! そのお顔、どこかで見たことがあると思ったら、第四王女フィリスティア様ではないですか!?」


「「フィリスティア王女!?」」


 フィリスティアさんのことを見て驚く彼女たち。


「私のこと、知ってくださっているのですか……?」


「「「当たり前ですよ!!!」」」


 3人の声が重なる。


「あの、昨日、お披露目式が行われましたよね!? 私たち、遠くからフィリスティア様の顔を見てました!」


「フィリスティア様は城の中にいて、窓の外から遠目で見ただけですけど第四王女フィリスティア・デクトル様!」


「『捧げ姫』様だ……!」


「捧げ姫……?」


 そこに俺は引っ掛かりを覚えた。

 しかし、フィリスティアさんは微笑むと、彼女たちの口にピタッと人差し指を当てて、そこで話は終わった。

 なにより、フィリスティア様と出会ったことで、彼女たちのテンションがかなり上がっていて、それどころではないみたいだった。


「でも、そのフィリスティア様がいるということはもしかして、異世界からの英雄様がすでに!」


「ええ。こちらが英雄様です。先ほど、魔物を倒してくださったのも英雄様です」


「「「英雄様! 本物……!」」」


 まるで拝むように。俺を見る彼女たち。

 その反応から、異世界人の存在は、知れ渡っているというのが分かる。


「とりあえず、魔物はこれで倒せました。あの、他に気になる魔物はこの森におられましたか……?」


「いいえ。さっきので終わりだと思います」


「でも、さっきのやつは、今まで戦った事のない手応えの魔物だった」


「近くに街があるから、結構、定期的に森の魔物の討伐はされてると思うのに……。やっぱり巷に聞く魔人の影響でしょうか……?」


「今はなんとも言えませんが……しかし、その可能性はあると思われます」


 フィリスティアさんが彼女たちの言葉に頷いた。


 それからひとまず彼女たちは、森の確認を行って、念のために調査をしてみるとのことだった。

 俺とフィリスティアさんもそれに同行する流れになり、しばらくすると、何も起こることなく、5人で街へと帰ることにした。


「でも、英雄様って、いいなぁ〜。私、最近伸び悩んでるから、どうにか強くなれればいいんだけどなぁ〜」


 隣を歩く冒険者の少女、名前はラズリさんというらしい。小柄で軽装の少女だ。

 彼女が俺の腕に触れながら、頬擦りをしてくる。


「あ、こら、ラズリ! 英雄様にベタベタしないの!」


「そうよそうよ! 不敬よ!」


「え〜、ちょっとぐらいいじゃん。フィリスティア様もそう思いませんか?」


「……ぶぅ」


「「「……フィリスティア様が拗ねておられる」」」


 反対側を歩くフィリスティアさんが頬を膨らまし、負けじと俺の腕をぎゅっと抱きしめていた。


「でも、すごいと思います。Bランク冒険者というと、ランクが高い方なんですよね」


「そうですね。基本的に、何年も冒険者として活動して、ようやく辿り着けるというランクです」


 フィリスティアさんが答えてくれた。


「すごいでしょ! もうね、とっても頑張ったの……! 二人が仲間としていて、そばにいてくれたのも大きかったし、何度死線をくぐり抜けてきたことか!」


 そう言って、ラズリさんが仲間の少女二人に笑みを向ける。

 仲間思いの少女だ。彼女たちも、ラズリさんを信用している風だ。


 努力をして。協力もして。仲も深めて。


「……それは本当にすごいことだと思います」


「「「英雄様……」」」


 ここは元の世界とは違うんだ。


 魔物がいて、俺が当たり前のように住んでいた環境とは全然違う。

 スキルもない俺がこの世界にいたら、すぐに魔物に襲われて、瞬殺されてしまうと思う。


 そんな世界で命懸けで努力して、ランクを上げたんだ。

 なにより、信頼できる仲間がいる。それは羨ましいと思った。


「英雄様っ。好きっ」


「「わ!? ラズリ、単純……!」」


 ラズリさんが俺の腕を抱きしめる。


「だって今の英雄様、とっても優しい顔をしてるもんっ。私のこと、羨む目で見てくれてるし、好きになっちゃうよ〜」


「ふふっ。そこが英雄様が英雄様である所以なのでしょうね」


 反対側にいるフィリスティアさんが、誇らしげに俺の腕を抱きしめ直していた。



 そして俺たちは街にたどり着いた。

 外壁に囲まれている街の門をくぐれば、街の中だ。

 そこで彼女たちとは別れることになった。


「私たちは、これからギルドに行ってきます」


「元々依頼の帰りだったから、報告を済ませてきますね」


「英雄様。フィリスティア様。ありがとうございました」


「私も『白夜のトライアングル』様たちを、これからも応援しております」


「「「光栄です!!!」」」


 手を振って、彼女たちを見送る。


「さあ、英雄様っ。私たちも行きましょう」


 フィリスティアさんは笑みを浮かべると、俺の手を引いて歩き出した。


 今度は街歩きだ。


 気づけばもう、昼時だ。


 賑わう街の中はあちこちが活気付いており、屋台で食べ物が売ってある。店先では買った食料を受け取っている子供の姿もあった。近くにいるお母さんに買ってもらったのだろう。両手でまるで宝物を持つように、嬉しそうに持っている。フィリスティアさんがその光景を微笑ましげな顔で見ていた。


 俺たちもそろそろ昼食を取ってもいいかもしれない。

 フィリスティアさんは王女様だ。だから街の中で普通に食事をとっていいものか、と思ったものの、それは別に構わないとのことだった。


「でも、お金持ってません……」


 フィリスティアさんが呟く。

 ……確かに、城を出るときに、そのままで飛び出してきていた。

 俺もお金は持っていない。でも、さっき街の外で倒した魔物の素材をいくつか持っている。だからそれを売却すれば、食事代を工面できるかもしれない。


 そう思って、周りを見回していると、さっき別れたばかりの『白夜のトライアングル』の人たちが慌ててこっちに戻ってきていた。


「英雄様! 王女様! すみません! さっき、助けてもらったお礼をまだ渡していませんでした! これ、少ないかもですけど、どうかお受け取りください!!!」


 差し出されたのは、布の袋。

 中からは硬貨が擦れる音が聞こえた。


「「これはお金……?」」


「はい! こういうのは、ちゃんとしたいので! それが『白夜のトライアングル』なのです!!!」


「そんなこと言って、私たち、渡すの忘れてたもんね……」


「だって〜、舞い上がってつい……」


「本当にごめんなさい。でも、英雄様や、王女様に対しては失礼に当たるかもしれませんけど、ぜひ受け取って欲しいです」


 彼女たちは俺たちに布袋を持たせてくれる。そして「今度こそ行きます!」と言って、3人で歩いていった。


「英雄様!」


「そうですね」


 俺はフィリスティアさんと頷き合う。そして彼女たちを改めて見送った。


 このお金は感謝をしながら使おうと心に誓いながら。

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