エピローグ+

シークレットアシスト

 リトルベア事案から一年の星間宇宙歴1431年。とある宙域にて。


「追いこみなさい、クララ」

 ジュリアの指示でゼクトラが動く。


 パイロットは新人アシストのクラリーナ・ファナイセル。逃げる密輸犯の最後の一人を追わせていた。


「はい! でも、こいつ、すばしっこくって」

 巧みに逃げまわるので訓練がわりに任せていた。

「鼻先を押さえるから組みつくんです」

「はい、先輩!」

「気を付けるんですよ」


 コムファンの機動性を上回るほどではない。先回りしたエルドが逃げ道を塞ぎに動く。今の彼女にはアシストが二人も付いている。


「後輩相手に偉そうにしてないで、早く高等司法試験に合格しなさいよ」

 本音ではもう卒業させたいのだが居残っているのだ。

「そんなこと、大声で言わないでくださいよ!」

「恥ずかしいのは指導担当のあたしもなの!」

「馬鹿に捕まって堪るかよ!」

 密輸犯にまで小馬鹿にされる。


 ジュリアの発言に飛びあがったエルドが油断した所為ですり抜けられた。変に機転の利く犯人はルシエルの方向を避けて飛び去ろうとする。


「あ、馬鹿! そっちは!」

 まんまと逃げ道を得た密輸犯が振りかえる。

「けっ! 名前の売れた司法ジャッジ巡察官インスペクターだからって嘗めやがって。とっととズラからせてもらうぜ」

「それは無理さ」

「はぁ?」

 背後からくすくす笑い。


 気付けば夜色のアームドスキンが背後にピッタリと張り付いている。金翼が閃くと頭をつかんだ。


「逃亡を阻止するためなら処してもいいんだよね?」

「ちょ、待ちなさい。そんな小悪党だと問題あるわ、ジノ」


 抜き手を振りかぶった機体を止めた。


   ◇      ◇      ◇


 一年前。


 窓外では間近に爆炎が迫っている。それを確認しながら襲ってくる数十人の幼い試験体の体重を受け止めてディノは倒れた。最後に感じたのは衝撃と熱気だった。


 次に気付いたときには視界は真っ暗。だが、生きている自分を不思議に思った。

 覆いかぶさるものをよけると、それは炭化した人体。彼自身も各所に火傷を負っているが命に別状はなさそうだ。


(君たちは……)

 襲われたのではない。

(もしかしてこれは感謝なのかい? もう自我も残っていないはずなのに、復讐を果たしてくれたぼくに恩返しのつもりなのかな?)

 彼を爆炎から守ったのだ。


 あの虚ろな瞳の奥に最後の意思のきらめきがあったのだろうか。今となっては彼にも知る由がない。


(そう。生きろって言うなら、いけるとこまでは生きてみようかな。それで君たちの無念が晴らせるのなら)


 ディノは炭と化してしまった幼き同類たちを慈しむように撫でた。


   ◇      ◇      ◇


 司法巡察官ファイヤーバードにはシークレットアシストも付いている。その名はジノ・クレギノーツ。彼女の切り札だ。

 名を変え、記録上も特別管理局員となった彼は公表されていない影のアシスト。そして彼女の恋人。


 顔が売れて潜入捜査など不可能になってしまった彼女の情報源でもある。それがあるからこそ今も巡察官を続けられていた。


「おま……」

「死にたくなかったら逃げようとするんじゃないわよ!」

「おい!」

 物騒なことを言われて犯人は慌てている。

「リトルベアって知ってる?」

「まさか!」

「さあ、どうだろうね」

「ひいぃっ!」


 明らかに抵抗の意思は削がれた。彼は大人しくなった犯人をジュリアに引き渡す。


「つまんないな」

「そんなこと言わないの。優しくしてあげるから」

 私室でゆっくりと。

「ファイヤーバードだけズルい。わたしとお話しよ?」

「うちが先!」

「あちきと遊ぶにょー!」

「あらあら、モテモテねぇ」

「どうかしてんぜ、うちの女どもはよ」


 今日もファイヤーバードチームは賑やかである。



 正義の使者の ものがたり

 星間銀河に 鳴りひびく 審決の鐘 高らかに

 胸に誓うは 人々の 平和の願い 刻みつけ

 驕る悪党 あふれても 決してくじけぬ 心意気

 不撓不屈の 火の鳥の 影に控えし 夜色は

 彼女の歩む 光る道 彩り飾る 力なり

 金翼舞いし 銀河には 正義の版図 できあがる

 次はいずこか 誰のもと 縦横無尽の 巡察官

 ああ、その女性ひとの名は 美しき火の鳥ファイヤーバード



 <完>

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