狂戦士の道(2)

「大丈夫なのではなかったの、ゴダリィ!」

 ヤムリアは半狂乱で訴える。

「よもや、このような手段に出ようとはそれがしにも予想できず……」

「どうでもいいからなんとかなさい! 脱出する方法はあるのでしょう?」

「無論にございます。無粋ゆえにこのダイニングには脱出路を設けておりませんが別室に入口があります。安全を確認したらご案内いたします」


 オゴダリテがドアから出ていく。ところがすぐに戻ってきた。彼女が初めて見たほどに驚愕して目を丸くしている。


「なにがあったの?」

「お待ちを」


 壁に備え付けのコンソールを操作している。投影パネルが立ちあがると外の様子が映しだされた。


「む!」

「ひっ!」


 空は赤く染まっている。夕焼けではない。近隣一帯が燃えているのだ。

 その夕暮れを背景に無数の人影が邸宅へと殺到している。影は小さい。せいぜいが七~八歳くらいに見える。空虚な目をしたまま、門を越えて侵入しようとしていた。

 警備装置も働いているが作動するが早いか即座に破壊されている。間違いようもなくハイパーボーグ試験体の集団であった。


「どうしてここを襲うの!」

「分かりませぬ。そんな命令など出しておらぬはずですが、すでに邸内にも侵入しておりまして」


 オゴダリテは室外で鉢合わせしたから戻ってきたのだと覚った。別室の脱出路への道が閉ざされたのだ。


「は、早く排除して!」

「御意に」


 焦りに口調もおかしくなる。外部を映すモニターには巨大な影まで現れたからだ。そのフォルムはアームドスキン。しかも最強の試験体が使っているものだった。


(フェイズフォーまで来た。早く逃げないと終わりよ)

 気ばかりが焦る。


 オゴダリテは戸棚の一つを開き大振りなレーザーガンを取りだした。護衛も務める手練れ。彼ならばフェイズの低い試験体くらいは排除して道を作ってくれるはず。


 扉の向こうで足音が交錯する。ほどなく静かになった。戦闘が終了して迎えの扉が開くのをヤムリアは待つ。

 軋みもなく静かに扉は開く。しかし、彼女の目に飛びこんできた影は白髪はくはつの少年の姿を持っていた。


「どうして! まだ!」

 アームドスキンはまだ歩いて近付きつつあるところ。

「油断したね。あれに乗ってるとは限らないじゃないか。はい、お土産」

「はひぃっ!」


 彼女の秘書は首をあらぬ方向にねじ曲げられて事切れている。足元に飛んできた死体を避けてソファの上に足をあげた。


「他の試験体は!?」

 疑問をぶつける。

「第一目標をお前に設定してある。とりあえずぼくは無視するさ」

「設定? でもリモート型はゴダリィの命令を……」

「馬鹿だなぁ。オンラインで命令の書き込みをできるようにすればマチュアの、ゴート遺跡の思いのままになると思わなかった?」

 息を飲む。

「まさか!」

「そのために一策を講じたんだよ。ソフィとかハイフェイズの試験体がなかなか思いどおりに機能してくれなければ妙な考えを起こすんじゃないかと思ってね。予想どおりの反応をしてくれるからおかしくって堪らなかったよ」

「わたくしを逃がさないためにそんな早くから?」


 ヤムリアからすれば些事と思える商船などの襲撃をくり返していた。フェイズ4一人でできるのはその程度だろうと高をくくっていたのだ。それがこの航宙船落としに繋がっている。

 ハイフェイズの試験体を送りだしてもなかなか確保できなかった。失敗するだけで戻ってくる。それが現行仕様の試験体の限界だと思ってリモート型にした。それさえも彼女を逃がさないようにするための罠。


(最初からすべて織り込み済みでわたくしを追い詰めてきたというの?)


 知らないうちにとてつもない脅威を野に放っていた。ファイヤーバードが内紛だと主張するのを嘲笑っていたが、いつの間にか自分を滅する兵器を製造していたのだと自覚する。


「おやめなさい! わたくしは創造主ですのよ? 敬われることはあっても恨まれる筋合いなどないわ!」

「傑作だね。そこまで驕っているならいっそ清々しい」

 苦しまぎれの台詞を笑われる。

「同じ台詞を死んでいった何百万の子供に……、なにを言っても心に響いたりはしないんだろうね。その身で味わいなよ」

「なにを!」

「お前の言葉も彼らには響かないけどさ」


 扉からは何十人もの幼い試験体が入ってくる。彼女の身体にたかって締めつけてきた。


「あぐぅ」

「ほら、そんな慕われて嬉しいだろう?」

 くすくすと笑う。

「でも、あまり時間がなさそうだね。すぐ傍に落ちそうだからさ」

「それはぁー!」

「終わりにしてあげるよ」


 フェイズ4が腕を振るうとヤムリアの視界は宙をくるくると舞い、やがて暗く染まっていった。


   ◇      ◇      ◇


 窓からは数百m向こうに戦闘艦が落着する様子が見える。ぐしゃりと潰れていき、破壊はいずれ機関部にまで及ぶだろうことは容易に想像できた。


「ふぅ」


 目をつむり、すべてが終わったと感じて脱力する。静かに目を開くと外のフレネティがリフレクタを展開しているのが見える。マチュアは機体だけでも回収するつもりか。

 ふと見ると幼い試験体たちが彼をじっと見ていた。目標が死亡したので、次なる破壊目標を定めたのだろう。なぜか口元に微笑が浮いてしまう。


「一緒に逝こうか?」


 数十人が一斉に跳んで襲いかかってくる。ディノは抵抗する素振りも見せない。


 衝撃波と爆炎が邸宅を根こそぎ薙ぎ払った。


   ◇      ◇      ◇


 星間宇宙歴1430年6月24日、リトルベア事案は被疑者死亡で終結と記録されている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る