狂戦士の道(1)

 トダルコートの様子を見ているフレネティの前に割りこむとディノは少し身を引いた。驚いているようだ。ジュリアがなにをしていたか知らないのは、彼の容量でもあれだけの数の航宙船を制御するのは限界だったのだろうか。


「まだ止めにきたのかい? もう手遅れさ」

 周回軌道からも破壊の跡が確認できるほど。

「ええ、止めにきたわ。航宙船落としじゃなくあんたをね」

「ぼくのほう?」

「そ、行く気なんでしょ?」


 おそらくディノはヤムリアの邸宅の位置もつかんでいる。ルジェ・グフトの中枢を焦土化して完膚なきまでに叩いたあとは、自らの手で確実に仕留めに行くと予想していた。


「犯罪者心理の洞察に長けているのは長所かもしれないけど、あまり深くまで読めるようになると飲みこまれるよ。ましてやぼくみたいなタイプだとね」

 レーザー回線で開いたウインドウの口元には苦笑。

「そうは思わないわ。傍目にやっていることは狂暴に見えても芯は純粋だもの。読みやすい」

「君には敵わない」

「だったら聞きいれなさい。もう十分。あんた自身を証拠にすればすべてに片を付けられるようにしてきたわ」

 ディノは首を振る。

「ヤムリアには命で贖わせる。そうしないと見せしめにならない」

「だったら連れていきなさい。それを正当なものに……」

「無理さ。星間法違反の罰則に死罪はない」


 公務執行上、相手の命を奪う結果になるのは職務として認められている。しかし、死罪がないのも事実なのだ。つまり、彼女がいても死刑で審決はできない。


「負けときなさいよ。一生かけても償いきれないほどの罪に問ってあげるから」

 司法制度上は累積刑を科せられる。

「駄目。命を代償にしなくていいのなら、彼らみたいな人種はいくらでも権力に酔う。歴史を知らないわけじゃないはずだよ?」

「反論しづらいのよね。ここでしか言えないけど、あたしだって死罪に値すると思っている。星間法の量刑に再考を促したいくらい」

「確かに大きな声じゃ言えないね」

 くすくすと笑っている。

「じゃ、こうしない? 見てない振りしてあげるからさっさとヤムリアんとこに落としちゃいなさい。それであんたは出頭する。彼女の罪を証明するために」

「それも聞けない。ぼくを形作ってる無念が血を欲してる。この手にすすらせないと終わらないのさ」

「強情ね」

 譲歩にも乗ってくれない。


(本音を教えてはくれないのね。自分も消えないと終わらないと思ってるくせに)

 少し悲しくなってきた。


「そんなにあたしを遠ざけたいの?」

「降りれば命の保証はできない。君をそんな場所に連れていけないよ」

 最後は情に訴える。

「あたしはあんたにとってその程度の女?」

「大切だって言ってるつもりだけど?」

「だって言うこと聞いてくれないじゃない」

 駄々をこねる。


 覚悟に楔を打ちこむには心残りを感じさせるのが一番。放っておけないと思わせたい。が、通用しない。仕方ないと言わんばかりに彼は笑う。恥ずかしくなって頬が熱くなってきた。


「そうまでしなくたって君のことは心残りさ。出会わなかったら……、違うね。命が惜しくなるくらい」

 言葉とは裏腹に澄んだ表情のディノ。

「ぼくがぼくじゃなかったら、君を幸せにするためだけに生きられたのにね」

「あんたがあんたじゃなかったら。あたしを幸せになんてできないわよ?」

「そんな君だから出会ったことを悔いたりはしないよ。二人の時間は人生の中で一番幸せな時間だったんじゃないかな」


 フレネティがルシエルに触れるとフィットバーが手応えを失う。生命維持とセンサーを除いた部分が強制シャットダウンをされている。


「くっ! ディノ、あんた!」

「ありがとう、メリル」


 予感通りの結果にジュリアは口元を歪めて涙をこらえた。


   ◇      ◇      ◇


『それでも泣かないのね。強いわ、彼女』

 マチュアがくすりと笑う。

「だから残していける。メリルはぼくがいなくても生きていける。それだけ強いから、そんなに輝いてるから好きになったんだし」

『その輝きも守りたかったんでしょ? この件を中途半端に終わらせたら星間法に対する不信の種が蒔かれる。小さな傷でも残したくなかったのよね』

「買い被りさ。最初からヤムリアだけはこの手で始末するって決めてる。だから同類もすべて葬ってきた。全部背負って終わらせるために」


 データはマチュアが綺麗に消してくれるだろう。ディノは形になっているものを消し去っておけばいい。


「愚かだと思うかい? 彼女や管理局に任せたほうが世情に合う決着になると思う」

 利口な方法だと感じている。

「命までは失わなくとも、巨大な経済圏の支配者が凋落して終生禁錮の憂き目にあえば死ぬよりもつらいかもしれない。十分に戒めにもなるんじゃないかな。やりすぎは禁物だって」

『そうね』

「そっちが正しいんだって解っちゃいるんだけどさ」

 復讐など最終的には自己満足でしか終わらない。

『正しくはなくても間違ってもないから。変革の波の中でこんな暴挙を許して甘い裁定をしているようなら、星間銀河なんて滅びの道を歩むだけよ』

「君たちが許さない?」

『ううん、人類自らが噛みあって衰退していく。それを眺めているだけ』

 思い入れるに値しないと宣告されたようなものだ。

「案外残酷だね」

『わたしたちはそういうものよ』


 話しているうちにディノの肉眼でも地上の様子が見えるようになってきた。

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