ファイヤーバードの審決(3)

「これはなに?」


 ジュリアはトダルコートを指し示す。中継映像は大気圏を赤熱しながら落下する多数の航宙船を映しだす。


「歴史に類を見ないテロリストが一国をも滅ぼす光景? それとも、おぞましい人権蹂躙者が天罰を受けている光景? 一般市民から見れば、まったく関わりのない宇宙の片隅の出来事とは違うと思うの」

 問題提起する。

「恨みを抱いた誰かが他者や、最悪親族にまで被害を出す事件なんてどの国でも日常茶飯事のように起きているんじゃない? 欲に目のくらんだ誰かが他者を陥れ、ときには社会的地位さえ奪い最悪自殺に追いこむと解っていても平気でいたりする事件を目にしない? これはそれの拡大版でしかないのと違う?」

 切に訴える。


 彼女は大きな事件が目を瞠る戦闘に発展したのを見せたいわけじゃない。リトルベア事案の結末を見ることで、自分や周囲を省みてほしいだけなのだ。


「証言すべてが事実ならとてつもない犯罪。どこの国の法律だって絶対に罪に問うでしょう」

 戻ってきたカメラに向かて真摯に語る。

「あの数の航宙船が略奪されたのなら前代未聞の犯罪。彼が罪に問われるのは確実だわ」


 どちらかに肩入れしてはいけない。ジュリアの肩書はそれを許さない。


「どれも普通の人では実現不可能な犯罪。でも、その本質を掘り下げれば、結局は人の感情に基くものに突きあたると思わない?」

 誰にでも心当たりがあるのではないかと問う。

「これくらいは大丈夫。少しくらいなら平気。そうしているうちに感情は肥大化していって誰かを傷付けているのも見逃すようになる。そうなんじゃない?」


 日常に埋もれる情動の欠片と向きあう契機にしてほしい。そう願って彼女は全銀河に向けて顔をさらしている。


「どうせみんな同じようなことを考えているからいい? 巷にあふれる事件に比べれば自分の抱いた醜い感情やちょっとしたいじめなんかは可愛いもの?」

 視聴者が感じているであろう心情を突く。

「その感情とちゃんと向きあってなければ埋もれてしまうのよ。当たり前になってしまうとエスカレートへの一本道。延長線上に悲惨な結末が待ってる。それじゃ駄目なの」


 対岸の火事と思ってはいけない。それではここで失われた命も報われないままで、家族を苦しめるだけで終わってしまう。


「条件だけ揃えば、こんな凄惨な光景でさえ何度でも甦る。それを防ぐにはどうすればいいのかしら?」

 あえて問いかける。

「権力が集中するのが危険? それは人類社会の構造なのだから少なからず発生するもの。どうしようもない。機動兵器のような危険な武器があるから? ここで用いられた兵器は自衛に使えるもの。廃絶は困難だわ」


 常識を破壊すればいいものではない。もっと根源的な部分を問わねば改善しないとジュリアは考えている。


「じゃあ、人はすべからく自らを律して生きていなくては駄目? それは窮屈だわ。ずっと続けるのは苦行よね」

 法に従う者だからといって無理を押しつけるつもりはない。

「そんな難しいことじゃないと思うの。ちょっと謙虚になればいい。ルジェ・グフトに圧倒的に足りなかったのはそれじゃない?」


 悪い例として挙げていいくらいの所業だと思う。正さねばならない根源はそこだ。


「財力と権力が集中し、多くの国々がおもねるほどに成長した。商業的には成功よ。非難するべきようなことじゃない」

 問題はそこではない。

「ただ、驕り高ぶってしまっただけ。なんでも可能だと勘違いした。まるで自分の王国を築き上げたかのように振る舞った。人の命さえないがしろにして我欲を満たしては駄目。いつの時代も、これからも許してはならないこと」


 眉を逆立てる。絶対に許さないという意思表示。


「生まれた憎しみがこの惨事を起こしたの。いうなれば自業自得」

 続けていいものか迷うが口にしなくてはいけないとも思う。

「これは罰。星間法では裁くに至らなかったけど、人類の持つ矯正力がルジェ・グフトを裁こうとしている。間違った行いと正そうとしている。そんなふうに思えてならないわ」

 マチュアに影響されていると思う。

「リトルベアのやろうとしていることを間違ってると言い切れないあたしがいるの」


 ジュリアは立場を越えた持論を展開した。


   ◇      ◇      ◇


 惑星ナクスカントのヘーゲル邸では、マリラがこの中継に見入っていた。エフェメラから連絡を受けた彼女は事の顛末をその目で確認しようとしている。

 フィリエイラとオイレンは別室で家政婦に見てもらっている。そのまま見せるには凄惨に過ぎる現実だからだ。


(でも、ジュリアさんの言っていることはとても大切なこと。娘たちには絶対に身に付けてほしい教訓。わたくしがすべてを見定めて語って聞かせなくてはいけないわ)


 言葉を選ばなくてはいけないので大変だが頑張らねばならないだろう。母親としての務めである。


(今度はそこで正義の味方をしているのね、ディノ)


 彼女は優しい目で彼方の少年に思いを馳せた。


   ◇      ◇      ◇


「で、ここからは一個人に戻らせてもらうわ」

 ジュリアは茶目っ気たっぷりにウインクする。

「リトルベアは自らの手ですべてを清算しようとしてる。でも、あたしは彼にまで死んでほしくない。同情してるの、司法巡察官ではないあたしがね。だから止めに行くわ。期待してくれたのに馬鹿な女でごめんね」


(できることがもう一つ。最後くらい情に流されても許してくれるでしょ)


 ジュリアは周回軌道へ向けてルシエルを加速させた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る