ファイヤーバードの審決(2)
ジュリアは中継状況を膝元の投影パネルで確認する。エフェメラの集計によると、噂を聞いて管理局ビルに詰めかける視聴者は増えつつある。それに伴い、各国の主要メディアも取り扱いを始めて、そちらの視聴者数も爆発的に増えつつあった。
(これならやった甲斐があるわ。でも、きちんと伝えなくては意味がなくなる)
気合いを入れなおす。
「それがリトルベア。ルジェ・グフトに対する復讐者の誕生」
ひた隠しにされてきた事実を告げる。
「彼は普通の赤ん坊だったの。どこの誰とは言わないけど、家の都合で児童保護施設に預けられることになったわ。なにもなければ普通に成長するはずだった。でも、略取されてしまったの。トダルコートのハイパーボーグを製造する場所、グフト工廠に」
半壊状態になった防衛艦隊をよそに、一部の船舶が大気圏に突入し地上を襲いはじめていた。周回軌道から距離があってもその爆発が確認できる。ディノはグフト工廠を狙って落としている気がする。
「運よく処置を生き延びてきた彼は試験棟という場所で暮らしていたそうよ。実験を受けていた彼ら子供たちが『試験体』と呼ばれていたからでしょう」
さらに過酷な環境について語らなければならない。
「彼らの試練はそれだけではないの。フェイズごとに分けられた試験体は互いに戦わされ、強い者だけが生き延びていけるような制度になってたのよ。処置の効果をより顕著に見極めるためにね。子供たちを素材としてしか扱わない。まるで地獄だわ」
戦闘は収束傾向。半数以下になった防衛艦隊が逃げまどっている状態。彼らからは臆面もなく救援要請が発せられているが
「それでも彼らは逃げだすことさえ許されなかったの。制御バクテリアを植え付けられてしまっていたから」
視聴者の受けるイメージ的にはこれが最悪だろう。
「一種の人食いバクテリアよ。彼らは腕にリングをはめられるの。そこから個々に調整した周波数の電磁波が発せられ、それが途切れない限りはバクテリアは活性化しない。死ななくてすむの。逆にいえば電磁波を停波されれば死ぬしかない。それで彼らは制御されていた」
アームドスキン部隊は全滅していた。艦隊は留まっても、押し寄せる航宙船の群れにあえなく爆沈の憂き目。遮二無二逃げだそうとしている艦はフレネティに追われて撃沈される。周回軌道で見られる火球はかなり数を減らしていた。
「そんな非道が行われていたグフト工廠でなにがあったかは不明。ただ、偶然にも制御バクテリアの
自由を表すようにジュリアは手で宇宙を指し示した。
「それからの彼はとある強力な助力を得てルジェ・グフトだけを標的にしたテロリストに変貌したわ。虎視眈々とトダルコートを狙う復讐者になったの」
(ゼムナの遺志関連の話はできないわね。特異な事情が絡んでくるもの。ゴート宙区が動かないのを邪推する人間が出てくるかもしれないし)
省略せざるを得ない。
「そんなリトルベアによるトダルコート焦土化作戦がこれよ」
落下する航宙船を指差す。
「ルジェ・グフト
地上では落下した航宙船による爆発が頻発していた。焦土化は順調に進んでいるように思われる。宣告があったお陰で大部分の市民の脱出は叶っているので見てもいられる。
「ここまで聞いて疑問に思ったんじゃない? それだけの情報を握っているのに、なぜルジェ・グフトを裁かなかったのかを」
彼女にその権限があるのは誰もが知っている。
「それはすべてがリトルベア、彼一人の証言に基づく情報だからよ。それを裏付ける物的証拠をあたしはほとんど持ってない。情けない限りよ。こんな史上稀に見るほどの人権事案だというのに裁くこともできないのか、と」
そうしている間にも次々と航宙船が大気圏に突入していく。邪魔するものもなくなり、周回軌道は平穏を取り戻しているが地上は赤熱の大地に変わりつつあった。夜色のアームドスキンは最後まで気を緩めず警戒に当たっている。
「だから審決する。星間法上、現状では両者とも起訴に届かないと」
声を張って宣言した。
「リトルベアはルジェ・グフトが生みだした者。内部の者に攻撃を受けているに過ぎない。これは星間銀河の定義上内紛であり、管理局の管轄から外れた戦闘行為だと判断したわ」
星間管理局は両国が承認している戦闘行為、および戦争行為に干渉しない。同時に内乱、内紛に類する行為にも、目に余る人権蹂躙が認められない限りは非干渉を貫く。
その定義においてリトルベア事案全体を内紛とした。両者に対する星間法上の罰則を適用しない審決になる。
「よって仲裁申請がなされない限りは管理局は不干渉」
はっきりと言い切る。
「そう決めてはいたんだけど、ただみんなには見てもらいたいと思ったの」
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