ファイヤーバードの審決(1)

「本気か?」

「ええ、オグル。この事実は多くの人に知られるべき。だから全銀河中継をするわ。もちろん、あたし自ら」


 ジュリアはそう決意した。本当は全人類に知らしめたいとは思うものの強要はできない。それなら知りたいと願う人には現状を報せる環境を作るべきだと思った。

 星間管理局本部に要請をして中継態勢を作ってもらう。まずは星間銀河圏の全管理局ビルで中継が流されるようにした。それ以外は各国の対応に任せ、放送も任意に設定する。


「お前さんの人気は上々だがよ、どれだけの人間が注目してくれるかは疑問符だぜ」

 珍しく彼も反対しない。ジュリアの固い意志を感じ取っている。

「それでもいい。まずは報せること。どう思うかはそれぞれに判断してもらう。最悪、あたしも破滅かもしれないけど」

「解った。心中してやる。最後までやり切れ」

「感謝してるわ」


 スピーディな判断がなされ、中継の準備が整う。ルシエルのコクピットでヘルメットを脱いだジュリアは、シートからアームで伸ばしたカメラに向けて口を開いた。


司法ジャッジ巡察官インスペクターファイヤーバードよ。これから大事なことを伝えようと思うわ」

 緑眼に力を込めてカメラの向こうの人々に呼びかけた。

「ルジェ・グフトの情勢に関して耳ざとい人は知ってるでしょ? 今から伝えるのはあれの続報」


 中継画面が戦闘状況に切り替わっているのを確認する。今も次々と戦闘艦が突進し爆散している。乱れ飛ぶビームにアームドスキンも巻き込まれて幾つもの火球を生みだしていた。


「これはテロリスト、通称『リトルベア』の仕業。彼がトダルコートの防衛艦隊に攻撃を仕掛けているの。そのあとはあの航宙船群を地上に落とすつもりよ」

 バックに彼女の声が乗る。

「この惨状に対してあたしは非干渉を決めたわ。大規模破壊活動による人権事案に見えるかもしれないけど手を出さない。その理由をこれから説明するわ」


 夜色のアームドスキンが爆炎の中を縫う。通りすぎたあとには中破した機体が残され、無数の艦砲に食い散らかされて新たな爆炎へと変わる。


「理解してもらうには、最初からすべてを話さないといけないからしっかりと聞いて。事の起こりはとある計画の立案から始まるわ」

 映像はジュリアのものに戻る。

「ハイパーボーグ製造計画。そう名付けられた実験が始められたのは三十年以上前のことになるそうよ。人体を強化して兵器ともいえる人間を生みだす計画。とてつもなく怖ろしい非人道的な研究がトダルコートで行われてきたの」


 航宙船の一部が崩れた戦列を抜けて艦隊にまで達する。防御フィールド同士の干渉が金色の波を生む。丸裸の戦闘艦が互いに艦砲を撃ちあう。最後には衝突して両者ともが大量の爆炎をまき散らしていた。


「実験に供されたのは幼い子供たち。ウイルス系遺伝子改変処置を行うために新陳代謝の著しい子供が選ばれたわ。痛ましいことに」

 つい言葉尻が怒りに震えてしまう。

「その子供たちはルジェ・グフト経済圏、バングリア、クシュタル、オッコスの三宙区で集められたの。そのほとんどが児童福祉施設、病気や事故などで親を失い、それでもなお希望を捨てずに生きようとしていた子供たちを」


 航宙船群の本体が乱れた戦列に達すると混戦模様になる。まだ機能している編隊は撃沈しようともがくが、敵も味方もない砲撃の中で自由に動けない。

 そうしているうちにフレネティの狙撃を受けたり、躱しきれなかった艦砲を受けて爆散。船群の中ですり潰されていく。


「実験はおぞましいもの。心して聞いてね」

 ジュリアはひと呼吸おいてから続ける。

第一段階フェイズ1処置として反射神経や動体視力、耐G体質とか機動兵器のパイロットに適した強化が行われるそうよ。強力な薬物投与によってね。それでだいたい3分の1の確率で亡くなったと聞いたわ」


 防衛艦隊に配されていたリモート型試験体のケーネクルは抵抗している。得た体質によって巧みにビームを避け、命令どおり淡々と航宙船に攻撃をくわえていく。

 しかし、ディノには抗すべくもなく撃破されていった。彼はターゲットをケーネクルにしぼって航宙船群の間を泳ぎはじめている。


第二段階フェイズ2処置は筋力強化とそれに耐えうるような骨格強化。さらに筋力に制限を掛けて身体を守ろうとする反応の抑制、リミットブレイクも施された。脳に作用する危険な薬物の所為でおよそ百人に一人しか生き延びられないみたい」

 痛ましさに眉根が寄る。

第三段階フェイズ3処置はさらに強度を高めたもの。あまりに強力な薬物や施術の所為で三百人の犠牲の上に一人しか生みだされないと聞いたわ。ここまでで実に4,5000分の1の確率でしかフェイズスリーハイパーボーグは生まれない計算になるの」


 航宙船群と接した防衛艦隊は散開するように動く。それはディノも予想していたようで、分散させて飲みこんだ。二百に対して一万二千を超える物量差。なす術もなく爆炎が花開いていく。


「そして生まれたわ、最強の第四段階フェイズ4という存在が」

 まるで神話を語るような口調になっているのに気付くがもう改められない。

「これまでの上位互換的処置にくわえ、脳神経系改変による電子機器親和性を強化され、このσシグマ・ルーンみたいな精神感応装置への適性を極限まで高められたハイパーボーグ。その誕生がルジェ・グフトにとっては誤算だったみたい」


 ジュリアは視聴者に向けて厳かに告げた。

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