狂戦士の本心(1)

「疑問だったんだ。そう強要されていたとはいえ、ぼくたちハイパーボーグは生き延びるためだけに殺し合う。それは特殊な環境に置かれていたから起こったことなのかがね」

 ディノが吐露する。


(そんなことを考えていたのね)

 ジュリアはそれが狂戦士ディノの心の本質に関わる部分だと気付く。

(第三者視点だと、子供たちが死の恐怖に捕らわれて命じられれば拒むのは到底無理だって思ってしまう。でも、そんな環境で君臨していた彼は虚しさを覚えていたのかも)


「試験体は人間から外れた異質な欠陥品なのかもしれないとまで思ったさ」

 述懐している。

「一概には言えないわ。あまりに非人道的な環境だもの」

「そうだね。だから確かめたかった。環境がそうさせたのか。試験体の精神が異質なのか。その答えが航宙船の極限空間にもあると思って観察した」

「一般社会で生まれ育った人間なら、似たような極限状態でどんな反応をするか知ろうとしたのね?」

 問題だらけだが考え方としては解る。

「飢餓の人間の精神状態はどうやら試験棟の中と変わらなかったよ。自分が生き延びるためなら他者の命も平気で奪う。一部とはいえ、とても口にできないようなことさえ仕出かす人もいたのさ」

「う、なんとなく想像はつくわ」


 食べるものがなくなれば……、という話である。正視に耐えない行為があったのだろう。


「もし、10~20%でも互いに助け合い、励まし合って最終的に飢え死ぬようであれば別の考え方もできたんだ」

 ディノは持論を開陳する。

「人間社会は互助的精神を培う素地たりえる、ってね。試験体みたいな欠陥品でも、いつか真っ当な生き方ができるようになるんじゃないかって」

「あんたの期待に応えるサンプルは得られなかったの」

「極めて稀なケースでしかなかったのさ」


 想像はつく。人はそんなに強くない。容易に我欲に走ってしまうだろう。高い精神強度を持つ人物がリーダーシップを発揮して、なおかつ自制心の強いメンバーに恵まれれば悲惨な結果は回避できたかもしれない。


「同じだったよ」

 声には落胆が混じる。

「更生の余地があれば試験体も社会復帰できるのかと思った。それならヤムリアや研究員とか危険な連中を排除するだけでいいかと思ったけど無駄だった。同じ本質を持つ人間社会の中に放てばハイパーボーグは毒にしかならないね」

「それで決断したの?」

「うん。ハイパーボーグ製造計画はきれいさっぱり潰すしかないと思った。トダルコートごと焼いてしまうのが一番だってね」


(否定したい。でも否定できない)

 ジュリアはしぶい顔になる。

(仮に保護したとしても隔離するしかないと思う。思想を除いても彼らはあまりに危険すぎるもの)


「最後にもう一度だけソフィにチャンスをあげたんだけど駄目だったね。結局殺し合うしか知らないのさ」

 自嘲が含まれる。

「彼女も失敗したのね」

「今作られてる試験体にいたっては自我を破壊されてる。ただの戦闘人形」

「そんなことまで?」

 とんでもない事実がジュリアを驚かせる。

「もう楽にさせてやってよ。兵器として使われて罪を重ねたくないんじゃないかな、彼らも」

「考え直せない? あんたはもう幻滅してるかもしれないけど、人類には英知があるの。なにか道があるかも」

「ぼくたちもその知恵が生みだした異物なんだよ」


 反論できない。英知の源泉に欲がある。欲がなにかを生みだすのは事実。生みだされたものの中で人の世に貢献する優れた知恵を英知と呼ぶだけで本質は変わらない。


(害をなすなら罪とされる。ディノは自分たちの存在そのものを罪と判断したんだわ)

 悲しい現実に打ちのめされる。


「清算しなきゃならないのさ」

「待ちなさい!」


 フレネティが防衛艦隊に向けて加速する。すでに接近しつつあった、一万をゆうに超える航宙船群も本格的な加速をはじめた。そこに第一の関門がある。


「無駄な行為はよすがいい」

 艦隊司令ロドリコがリトルベアに告げている。

「どれだけの数を揃えようが機動兵器の的にしかならん。我が部隊に射撃訓練でもさせようというのかね?」

「そう思う? あれはすべてぼくの制御下にあるんだよ?」

「虚勢を張る。そんなのは不可能だ」

 言い切るがそうではないと彼女も知っている。

「そういうふうに作ったのは君たちなんだけどね。接続とかの技術的な部分は置いといてさ、精神感応性能は常人の比でないのを知らないのかな?」

「む?」

「じゃあ、今から教えてあげよう」


 防衛艦隊から発したアームドスキンが突撃してくる。迎え撃つは船団に混じったたった一機のフレネティ。それでどうする気なのかはジュリアにも分からない。

 砲撃は防御フィールドで阻まれるが、それも接近するまで。フィールド内に入りこまれればロドリコの言うとおり的になるだけである。


「それでどうなる?」

 フレネティからの精密狙撃で火球が一つふたつと生まれる。

「六千機全機を一機で撃墜できるとでも?」

「そんな必要はないね」


 船団の戦闘を形成している戦闘艦群が一斉に火を噴いた。ビームのスコールがアームドスキン部隊を襲う。さらに火球は増えるがほとんどはリフレクタに阻まれているのも事実。


「無駄だと言った」

「無駄かどうか今から解るさ」


 数隻がさらに加速するのを見てジュリアはディノの作戦に気付いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る