捜査能力(1)

 長身のジュリアと並んで歩くとエルドは劣等感が助長される。わずかながら身長では勝っているのだが、彼女の纏う雰囲気で小さく見えてしまっているようなのだ。


「潜ったのね。どこまで追えてる?」

「二日前の夜、歓楽街の中に入ったところで途絶えてる。人ごみの中で顔認識が処理不能なのよ」


 ジュリアがしゃべっているのは警備艇フォニオックのエフェメラと。σシグマ・ルーンを通信機として使用している。


 σ・ルーンはアームドスキンの操縦に用いる専用の同調装具ギア。後頭部を回して耳にかける方式の馬蹄型の装置である。

 脳波を読みとらせて感応操作をする器具で、普段から装着者の動作と脳波との整合を取って学習している。操縦時には学習データから感応スイッチを用いる。

 学習確認のために身長20cmほどの二頭身アバターを投影する機能もあるのだが、今は街中なので消してある。付随機能の通信を使ってインカム代わりにしている。


「やっぱり裏社会と繋がってんのね。むしろナダラSSってそっちから人員を引っぱってる?」

「可能性はありますね」

 エルドも比較的高い可能性があると考える。

「もう少し深く潜ってみて。殉職者とかの経歴も」

「時間かかる。流してて」

「よろしく、フェム」


 二人はカフェの一席を占める。外の人の流れが見える席だ。その間もσ・ルーンのカメラを使って捜査対象者が通りかからないかチェックもしている。


「大人しいんですね。僕はナダラSSに乗りこむんじゃないかと気が気ではありませんでしたよ」

 ジュリアの場合、前科がある。

「いきなり突っこんだりしないわよ。本件は裏が深そうだもの。露骨に顔を突っこむと即座に切ってくる。面白くないじゃない」

「でしょうね。大企業なら多かれ少なかれ闇を抱えているものですけど、ルジェ・グフトほどの巨大グループとなると相当根深そうです」

「全部引っぱりだせると爽快なんだけど、それには色々と積みあげなきゃいけないものがあるでしょうよ。本命に手を入れられたとしても一部を切り離して本体は生き延びるんだけどね」

 大企業や国家相手では図体が大き過ぎて全部いっぺんにとはいかない。

「しかも切り離した部分が再生するときてますもんね」

「補充に事欠かないからよ。まったく人間っていうのは業が深いわね」


 今回の惑星テベレフィ近傍における輸送船連続行方不明事件は、まず星間G平和維P持軍Fに通報が行っている。告発者は政府。独自に捜索しても結果が出なかったので管理局を頼っている。


 通報を受けたバングリア宙区GPFは一戦隊五隻の戦闘艦を派遣して捜索を行った。しかし痕跡を追えど、周辺宙域をしらみつぶしに調査しようと成果を挙げられない。そのうちに輸送艦の失踪は収まったので、海賊集団が狩場を変えたのかもしれないと考えられた。

 この件で星間G保安S機構Oは動いていない。航宙保安に関する事案なので当然だ。


 GPFが捜索を打ち切ると再び被害が出はじめる。再度派遣された艦隊も周辺巡回ぐらいしか打てる手がなく、任務に就いたままである。被害が縮小したうえ、テベレフィを発着する膨大な数の輸送艦すべてを警護はできない。手詰まりだった。


 その件に目をつけたのがファイヤーバードだった。

 初期被害の分析では見られなかった傾向を二次被害の中で見いだした彼女はポスタコル重工業とクスエド販機、そしてそれらの企業を傘下に収めるルジェ・グフトとの関係性を洗い出した。

 ポスタコルの被害が大きいことをつかんだファイヤーバードは、初期被害では迷彩をかけていたのだと看破する。そこから行方不明になった輸送艦のほとんどがナダラSSの警護を受けていたのを調べ出した。本件がおそらくナダラの自作自演だと推理して捜査を開始。


「クスエド販機も突っついてみます?」

 お茶の後味を楽しみながらエルドは尋ねる。

「あそこは物流大手。守りが固いからそうそう尻尾は出さない。脇が甘いのはナダラのほう。ここはチンピラ崩れの集団だからやりようがあるの」

「裏で糸引いてるのはルジェでしょう? 証拠を押さえられるのを嫌って手を引くんじゃないですか?」

「だからあの小物を引っぱったの。ナダラも共謀グルなんだから上のやり口も承知してる。あたしが首突っこんできたのを覚ったら、切り離されないような動きをはじめるわ」

 カマ掛けをしただけだと思っていたので彼は驚く。

「具体的には?」

「単純な奴らよ。思い通りになれば満足させられると思ってる。きっとターゲットをポスタコルの貨物に絞ってくるから」


(こういうところが真似できない。気ままにやっているように見えて、しっかりと捜査手順を組みあげているんですから)

 思わず溜息がもれる。


「絶対に急いで結果を出そうとするから見てなさい」

 ジュリアは自信満々。

「ほーら、顔を見せた」


 歓楽街のほうから出てきたのはマキル・ボンボだ。彼らの少し手前でトラブルを起こす。


「痛い! なにすんのさ!」

「てめぇが飛びだしてくっからだ!」

「急いでたんだよ」


 口論が聞こえる。


「なにやってるんですかね?」

「少年に喧嘩売ってるんじゃない。つくづく小物よね。追うわよ」


 席を立ったジュリアをエルドは急いで追った。

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